この記事へのコメント
うまくいっている歌ですね。
「尖閣」や「竹島」と言えば時事詠・社会詠になるといった平凡さを超えて詠まれた気がします。
眠れない暑い夜にネットサーフインして、ニュース記事やブログを読んでいるのでしょう。
繰り返すうちに、尖閣諸島問題について、自分なりの理解を得た、とも読み取れます。
サーフィンと言っても現実の海ではなくネットサーフィン、上陸と言っても現実には不可能と、
あきらかに私たち個人で解決できるような問題じゃない社会問題を、少し現実から離れたところで
見ている、見ざるを得ない煩悶が上手く表現されているのではないでしょうか。
Posted by 三島麻亜子 at 2012年09月11日 20:56
今、とても緊迫している時事のことを、軽く詠んでみた作品です。「ネットサーフィン」と「上陸」とが軽い縁語になっています。
作品の向きとしては、「たとえ監獄に入れられようとも上陸をする」と言っていた石原東京都知事の言動を揶揄するというよりは、応援するという立場だと解釈されます。
ここではこういうことを書く場面ではありませんが、私のような、いわゆる全共闘世代の者は、尖閣諸島は山県有朋の意向をうけて、日清戦争の後に日本が占有した島だ、と思い込んでいました。

軽い縁語の効果は認めつつ、こういう難儀な時事を、ズバッと胸のすくような表現はできないものか。悩ましいところです。
Posted by 西王 燦 at 2012年09月11日 20:58
サイトからサイトを見ていくのをネットサーフインというらしいですね。で思いがけず尖閣のサイトにでた。うまい機知に富んだ作品と思いました。
Posted by 青柳泉 at 2012年09月14日 11:20