この記事へのコメント
この夏、関西でも「間引かれた蛍光灯」を見かけました。薄暗く照らされた空間は日常の外のようで、不気味さすら感じたものです。電車の窓から外を見れば、その日の天気の推移を確かめたくなる。共感できる一首。
Posted by 伊庭日出樹 at 2012年09月08日 13:41
すっきりと解りやすい作品です。「間引かれた蛍光灯に照らされて」という手際のいい場面描写がいい。

ところで、関西電力と、関西圏に(黒部ダムなどから)電力を供給している北陸電力の「電気予報」を比べますと、関西電力が70〜80%だったのに対して、北陸電力は80〜90%で、ひと夏中、関西電力のほうが余裕がありました。これが「大飯原発」不要論に繋がるのですが、そのことはさておき、少なくとも「電気予報」とは電力会社と政府とが結託したプロパガンダであったことはあきらかです。
つつましいかたちで、そういうことを考えさせる、いい作品です。
Posted by 西王 燦 at 2012年09月11日 21:17
「間引く」という言葉は、ポジティブにもネガティブにもなる言葉ですね。
間引かれた蛍光灯に照らされて(なお)電気予報を確かめている。
この夏は作者にとって本当に節電意識が高かったことがうかがえます。
「間引かれた蛍光灯に照らされて」という上句に対して、付け句のように
思わぬ仕草なども詠めるのではないかと、少し楽しく思いました。
Posted by 三島麻亜子 at 2012年09月24日 20:52
今年の夏を詠おうと思い、出詠しました。
コメントいただきました皆様、ありがとうございました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2012年09月29日 21:13