この記事へのコメント
【選歌集計結果=6票】
【投票者=伊波虎英/岩下静香/海野 雪/桑原憂太郎/渋谷和夫/たかだ牛道】
Posted by ネット歌会集計担当 at 2012年11月07日 09:50
汝がアダムの末裔なら、私はイブの末裔。
無花果の葉で楽園を追われた二人は、現在無花果のタルトを分け合っている。
この空間こそが楽園でないのか。楽園はいたる所にあるのである。
Posted by たかだ牛道 at 2012年11月08日 17:27
アダムと来て無花果・・・つきすぎの感はありますが、この二つの言葉がこの歌を雰囲気を決定づけています。
アダムとイブという神話の世界から目の前にいる現代のアダムとイブまではるばるとした時の流れを感じます。
アダムとイブは楽園を追われてしまったけれど、現代のアダムとイブは幸せのようですね。
作者は相手を運命的な人と感じているのでしょう。
イブはアダムの肋骨から生まれたというけれどそれくらい別れがたい人と思うからこそアダムの末裔と相手を呼ぶのでしょう。
Posted by 海野 雪 at 2012年11月09日 13:10
はろばろとアダムの血を引く汝といて分かち合うなり無花果のタルト

今が旬の無花果のタルトを切り分け、愛する人と一緒に食べている時に、
無花果からの連想で「はろばろとアダムの血を引く汝」という思いが浮かんで来たのでしょう。
その流れが自然なので即き過ぎとは感じませんでした。一首の背後には、
「イヴの血を引く我」という作中主体の思いがあると解釈するのが妥当でしょうが、
ふと、「作中主体は、イヴ本人なのでは・・・」と飛躍した読みをしてみたくもなりました。
そのように思わせるところがあるのもまたこの歌の魅力であります。
結句は、「無花果タルト」と七音におさめたほうが良いです。
 
Posted by 伊波虎英 at 2012年11月10日 00:59
「はろばろ」と雅語ではじまるわけですが、かかるのがアダムとイブの昔のことですので、ここはぴったり。そんな、古風な雰囲気で流れて、現代の作者の日常へと時代は移り、二人で分け合っているのがタルトというわけで、その差を面白く感じました。
 アダムとイブからはじまる壮大な人類の時間をシューンとひとっ飛びして、「タルト」で見事に着地しています。時空を軽々と越えて、そのうえ詩的に表現できる短歌形式の魅力を感じる一首として、とらせていただきました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2012年11月11日 17:34

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