この記事へのコメント
【選歌集計結果=3票】
【投票者=梶崎恭子/田宮ちづ子/弘井文子】
Posted by ネット歌会集計担当 at 2012年11月07日 09:34
事実だけを捉えて即物的に<祝祭の後>の雰囲気を表現しているところが面白いと思いました。
何かのお祝いでクッキーや花束をいただく。でもクッキーは食べちゃうと消えるし、花も枯れてなくなる。というわけで残ったのは、クッキーの箱や花束を飾っていただけの添え物のリボンだけ。リボンは、祝祭の形見ですね。
リボンだけ残ったのが、さびしいのかわびしいのか不明で、残った事実だけを言っているのですが、ピンクのリボンだから華やかな気分が残るから<ま、いいか>と主体は思っているのかも。
こういうリボンって捨てられないですね。引き出しの中にいっぱいあったりします。
Posted by 田宮ちづ子 at 2012年11月10日 05:38
>クッキーはとうに食べ終え花も褪せピンクのリボンだけが残りぬ

田宮ちづ子さんの評に同じです。
わたしも、きれいな包装紙やリボンがなかなか捨てられない。

いろんなことがあって、楽しいことがあって、嬉しいことがあって、悲しいこともあって、辛いこともあって、でもまた楽しいことがあって、そんなリボンたちはなかなか捨てられない。

歌は、そんな感傷には触れていないのですけれど、だからこそ読む人それぞれの「祝祭」を思い描けるのでしょう。
Posted by 弘井文子 at 2012年11月11日 13:41
一読して、古い映画「舞踏会の手帖」を思い出しました。
未亡人になった主人公が、16歳の時の初めての舞踏会で踊った相手を、訪ねて回る話です。舞踏会の手帖に記された名を頼りに、昔の踊り相手を訪ね、彼らのその後の人生を知ります。ほろ苦いストーリーです。

歌全体が、暗喩のようでもあります。作中主体の人生の暗喩でしょうか・・・

初句二句と三句が、同じベクトルであることが、気にはなります。結句はダメ押しのようにも見えます。
が、それでも惹かれるのは、なぜだろうかと考えてみました。

調べが通っているところが、リボンのようなイメージにも思われ、三句に、美しいリボンの真中に初々しく咲いていたであろう花の、バラの蕾のような姿が、彷彿とするからかもしれません。

読者に投げ出されたような結句の表現が、アンニュイな印象を醸しだすことに成功していると思います。ただ陰鬱な印象に陥るのではなく、歌の中に、甘やかさ、微かに残る花の香りのような余韻を、留めていることが、この歌の魅力であると感じました。
Posted by 梶崎恭子 at 2012年11月14日 23:01

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