この記事へのコメント
【選歌集計結果=2票】
【投票者=エ リ/織田れだ】
Posted by ネット歌会集計担当 at 2012年11月07日 09:07
コンビニと自販機の位置関係ですが、コンビニの内部の飲料類はレジで払いますがコンビニの前あるいはすぐ横に自販機がある店もあるのでそういう位置かと思いました。

三句の「見えずなり」がこなれていない気がします。
Posted by 海野 雪 at 2012年11月11日 11:06
自販機の明るさと猫の目の対比が微妙に響き合っている気がしました。
Posted by エリ at 2012年11月12日 08:57
自販機に目的のもの(ポカリスエット)が見当たらず、関係ないはずなのに、意味ありげに光る猫の目(こちらをみつめている?)……サスペンスを感じ、惹かれました。「ぽかりすぇつと」が、日常生活に突如開いた異世界への入り口のような、不思議な雰囲気を醸しています。また、このひらがな表記による引っ掛かりが、「猫の目ひかる」をより印象的にしていると思いました。
Posted by 織田れだ at 2012年11月15日 17:31
「見えずなり」は文法的に間違いでしょう。
「ぽかりすえっと」とひらがなで書く意図も不明。
下句は「コンビニの横にコンビニと同じくらいの大きさの猫がいてその目がひかっている」ようにイメージしてしまいます。
Posted by 山寺修象 at 2012年11月20日 07:58
わたしも「見えずなり」がわからなくて調べたのですが、「近世には、和歌・俳諧はいかいなどで、詠嘆の意味で終止形接続の「なり」を用いる場合がある」と辞書にあり、これではないかと思いました。また「中古の終止形接続の「なり」が詠嘆の意味でも解釈できることから、誤って広まったものらしい」ともあったので、山寺さんはこの辺りのことを指摘されたのかな、と思いましたが、いかかでしょう。
Posted by 織田れだ at 2012年11月20日 19:04
「見えずなり」という語法は、間違ってはいないと思います。この「なり」は、助動詞の「なり」ではなくて、動詞「なる」の連用形で、現代語にすれば、「見えなくなって」ということになるでしょうか。残念ながら「見えずなり」のみでの用例は見付けられなかったのですが、
わが宿のこずゑの夏になるときは生駒の山ぞ見えずなりゆく 能因法師『後拾遺和歌集』167
思ひかねながめしかども鳥辺山はてはけぶりもみえずなりにき 円融院御製『詞花和歌集』395
前者は「見えなくなってゆく」、後者は「見えなくなってしまった」の意味ですね。
(引用は、岩波書店『新日本古典文学大系』)
ただ、この詠草11の場合、一首の中で三句のモードだけが古いので、そこで読者が引っ掛かってしまうということはあるかと思います。また、やはり上記の例のように「見えずなりける」「見えずなりぬ」あるいは「来ずなりにけり」というように使うことが多いのではないかという気もします。このあたり、詳しい方がいらっしゃったら、教えていただきたく思います。現代短歌での使用例(「見えずなり」のようなかたちでの)はあるように思います。
ポカリスエットがよく飲まれる夏が過ぎ、自販機の飲料も秋冬用の品揃えに変わっていたのでしょうか。ポカリスエットをかな表記にしているところ、以前はあったのに今は無いと気付いた作者の違和が表れているのでしょう。それはポカリスエットであって、ポカリスエットではないような、まるでポカリスエットのゴーストみたいな。
それと、表記はポカリスエットだと思うので、「ぽかりすぇつと」ではなく、「ぽかりすえっと」では?
Posted by 大室ゆらぎ at 2012年11月25日 18:12

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