この記事へのコメント
この歌の読経はお寺での日常のお勤め・法事での読経・葬儀での読経とどれとも取れますが私は葬儀の時を読経を想像しました。
雪の日の葬儀の会場の外を冬の蝶が静かに飛んでいる。
亡くなった命と生きている小さい命の対比。
しかしその小さな蝶の命もこの冬の日長くはない・・そんな静かな無常観と同時にだからこそ人も蝶もその命のいとしさを感じた歌でした。

Posted by 海野 雪 at 2013年02月07日 20:50
【選歌集計結果=5票】
【投票者=海野雪/さとうひろこ/間ルリ/三田村まどか/村田馨】
Posted by ネット歌会集計担当 at 2013年02月08日 10:38
「冬の蝶」でこの歌の景色、雰囲気はきまってしまったかもしれません。できればこのような極め句は初句に持ってこない方が緩やかな奥行きが出るのではないでしょうか。静かで切ない情緒に魅かれました。
Posted by さとうひろこ at 2013年02月09日 15:45
私も冬の葬儀の一場面だと思いました。
雪のある時期に蝶がいるのかな?とも思いましたが、舞い上がった雪のひとひらが蝶に見えたのかもしれません。
生の儚さ、虚しさが表現された映像を見ているようです。
Posted by 三田村まどか at 2013年02月10日 14:22
私も海野さんと同じ鑑賞をしました。下句「いのちひとつを運びゆきけり」から、冬蝶を此岸と彼岸をつなぐ存在として捉えました。季感が歌意によく合っていると感じます。
Posted by 村田馨 at 2013年02月11日 18:19
お葬式の光景と読みました。亡くなった命を冬の蝶がもろい羽根にのせあの世へとはこんでいると取り、しずかな感傷をかんじました。
すきな歌です。
Posted by 青柳泉 at 2013年02月11日 19:56
 作者が伝えようとしているイメージは分かる歌だとおもいます。
 「雪」があるので「冬の蝶」の「冬の」はない方がいいとおもわれます。
 「雪の上に〜運びゆきたり」の「に」は、別の意味になってしまいますが、「を」がいいのではないでしょうか。「に」だと最後に動きが止まってしまうイメージです。
 下句の表現は、作者が工夫した部分だとおもわれますが、ふつうに「ひくく飛びゆく」みたいな意味内容で充分なところです。「それでは物足りない」とおもわれる人が多いかもしれませんが、その「物足りなさ」こそが短歌です。そのことに気付ける感みたいなものが大切なようにおもいます。
Posted by 山寺修象 at 2013年02月12日 09:25