この記事へのコメント
作者はTVを特に熱心には観ていないように思えます。例えば夕食の際のBGMのようなもので、芸人がはしゃいでいるのはたまたまでしょう。そのたまたまが重なって、芸人「ばかりが」という表現になっているのかもしれません。

ライトノベルにも特に思い入れはないのではないかと思いましたが、ライトノベルというのはかなり読者層の限定されるジャンルです。興味がなければ「電撃文庫」のようなものは手に取らないでしょう。

しかし人に「こういうものを読んでいる」と胸を張ってアピールしたいというほどのものではない。
お笑いの番組にせよ有意義なものではない、そういったものに取り巻かれている自分の生活を自嘲的に振り返っているように読めました。

ところでライトノベルは手軽に読めるのが特徴ですが、それすらまともに手をつけていない。作者は実は忙しい人で、気分転換になるはずの本さえ満足に読めない、時間に追われている人なのかもしれません。そのような生活を送るうちに書架に積み重なっていくライトノベルは、自分の楽しみのためとはいえ鬱陶しくも感じられることでしょう。

忙しいので、もともと肩の凝らないものしか受け入れたくないという心境も反映されているように思えました。

私個人としては、ライトノベルについてはそこまで詳しくないので、どこまで作者の意図を読み取れたか分かりませんが、共感できる一首でした。
Posted by 光本博 at 2013年05月07日 07:32
選んでおいてなんですが、はしゃぎをり、という、新かな旧かなまじりなのが気になりました(はしやぎをり、でしょうか)。

テレビは芸人ばかり、と作者は言いますが、そもそも作者はテレビが好きではないようです。ライトノベルはしばしばアニメ化されるので、あるいはそれを観ているかもしれません。

私が採ったのは、「テレビはくだらないと言いながら、読んでいるのがライトノベルかよ! と思わず突っ込みたくなるところが気に入っての一票でした。
Posted by 松木 秀 at 2013年05月07日 17:36
初句は「テレビは」と読むのでしょうか。
だとすると4音でかなり音の座りが悪いですし、
減音にした効果もあまり感じられません。

まさか「ティービィーは」と読むわけでもないでしょうし、
「TV(テレビ)には」でよかったような気がするのですが。

Posted by 生沼義朗 at 2013年05月10日 17:28
『芸人』と呼ばれ人人があふれるTVを消すわけでもなく、芸術作品や長編小説を読む余裕もないまま、時間がすぎてゆく・・・日常生活の中の軽い焦燥感に共感しました。
Posted by 三田村まどか at 2013年05月11日 14:34
確かにtvをみていると芸人ばかりが大勢でて
たいして面白くないことを芸人自身が笑い合う
あの光景はなんだか(笑)を押し付けられているよう。腹がたつことあります。
しかしその光景とライトノベルはどうつながるのだろう。そのへんがピンとこず票をいれませんでした。初句もテレビにはでいいのではという生沼さんの意見に賛成です。
Posted by 青柳泉 at 2013年05月25日 21:03
コメントを下さった皆様ありがとうございました。
丁寧なご批評あるいはツッコミ、すべて意図を見抜かれていて恐縮です。
「新かな旧かな混じり、、」初歩的ミスです。
TVは「ティービィー」とあえて発音します。
「ライトノベル」についてもさほど知識はありません。「万能鑑定士Q」とか「図書館戦争」とかとか、、、、、易しくて優しい文庫しか知りませんが、「ライトノベル」という言葉を使いたかったのです。
Posted by 庭野 摩里 at 2013年05月31日 21:31