この記事へのコメント
鯉のぼりは夕方には片付けるものと思っていましたので、片付け忘れたのでしょうか。もしかしたら公園や学校などで家庭で不要になった鯉のぼりをたくさん泳がせることが増えていますのでそういう景かもしれません。どちらにせよ月の明るい夜を元気いっぱいに泳いでいる鯉のぼりの姿を想うと気味が悪いようで楽しく、たいへん面白い題材だと思いました。その上の句を下の句の落ち着いた詠い方できちんと着地させていると思います。見えるものだけを見えるままに詠っているので、余分なフィルターがかからず読む私もその場にいてその光景に向き合っているように感じられました。
一字あけについては、どちらかというと不要だと思います。一字あけがありますと、どうしてもそのあとにいったい何を持ってくるのだろうと身構える、または過度に期待してしまいますが、この歌の場合は一字あけの前後にそれほどの内容の転換、対立や時間経過などが無いので、むしろあけずにさらっとつなげて、不穏な景色をさりげなく詠いおさめるほうが向いているように私は思いました。
Posted by 吉岡馨 at 2013年05月08日 21:23
普通の家の庭に泳いでいる鯉のぼりの夜の状景として読み、前評と同じくその光景と向き合っているように感じられて良い歌と思い選ばせていただきました。
一字あけは吉岡さんと同様、僕も無くて良いと思いました。
Posted by 永井秀幸 at 2013年05月09日 16:35
月の光できた鯉のぼりの影、見てみたいです。
鯉のぼりといえば、5月の青空というお決まりの組合せしかイメージしていなかったので、ハッとさせられました。
実は私、月の光で影ができるって、ごく最近知りました(恥)
Posted by 三田村まどか at 2013年05月11日 14:53
さわやかな五月の青空に映える鯉のぼりを、あえて夜に詠むという意外性でとらせていただきました。
下句の描写も巧いと思います。
Posted by 桑原憂太郎 at 2013年05月11日 17:34
私も、前評者の方々と同じく月夜の鯉のぼりの意外性に惹かれました。しかも鯉のぼりだけでなく、月によってできた影にも目を留めているのがすばらしく、結句の収め方も巧みだと思いました。一字あけは、私もなくてもいいと思いました。
Posted by 加藤隆枝 at 2013年05月11日 23:35
見たままを詠んでおられるように景色が読み手によく伝わります。しかし真夜中におよぐ鯉のぼりと月光による影がシュールな世界へと誘っているようで、そこがこの歌の魅力です。
Posted by さとうひろこ at 2013年05月12日 00:32
「…風はらみたるこいのぼり…」ということは、雲が払われて月が煌々と光る夜ですね。
都会ではわからなかったのですが、月夜の晩はライトがなくても山道を歩けます。自分の影が長々と伸び、森の獣やパックでさえ踊り出ても不思議ではないような・・・
鯉のぼりもそんな気分で月夜をを泳いでいる光景。シュールですよね。
しまい忘れただけなのでしょうが。
Posted by 庭野 摩里 at 2013年05月13日 22:25
真夜中の風はらみたる鯉のぼり 月の光に影を描きぬ

沢山の得票を得たお歌です。
私が選べなかったところは、この鯉のぼりが、自宅の庭に泳いでいるのか、いらなくなった鯉のぼりを群れで川などに紐を通しておよがせているのか、よくわからないことと、
自宅の庭や施設にポールをたてた鯉のぼりは、日が暮れたら大切に降ろしてしまうから、
男の子の成長を願う節句の鯉のぼりのお歌としてはいただけないからです。
 多くの鯉のぼりを初めて泳がせてから、このごろはどこでも見かけ短歌的抒情を私は
感じません。夜風をはらむことも余程の強風じゃないとありえないと思うのです。
「風はらみたる」も気にいりません。助詞の「を」が必要です。一字あけもいりませんし「描きぬ」も気に入りません。中途半端なのでとれませんでした。
 
Posted by 西五辻芳子 at 2013年05月15日 18:31
コメントを頂いた皆様ありがとうございます。

仕舞い忘れた我が家の鯉のぼりを詠ったものです。

夜、会社からの帰り道、鯉のぼりが遠くから見えて
やれやれと思ったのですが、
近づくと昼間見るのとはまた違った印象で、活き活きとしていて、面白いと思いました。

一字あけは、何人かの方に指摘していただたいように、確かに不要ですね。
Posted by 太田賢士郎 at 2013年05月25日 22:13