この記事へのコメント
ヘアダイののち四月へて蓬髪の老女Aとはなりにけるかも

四句の「老女A」に惹かれて、頂きました。

「老女A」の言葉は、中森明菜が1982年に出した歌「少女A」が背景にあっての言葉と感じました。
2003年「世界に一つだけの花」でSMAPは、(そうさ 僕らは/世界に一つだけの花/一人一人違う種を持つ/その花を咲かせることだけに/一生懸命になればいい)と歌いました。このストレートな歌詞は、時代に受け入れられ、大ヒットとなります。

この「世界に一つだけの花」と一見真逆に見える歌詞が「少女A」で歌われています。中森明菜は少し不良っぽく(何歳に見えても 私誰でも/じれったい じれったい/私は私よ 関係ないわ/特別じゃない どこにもいるわ/ワ・タ・シ 少女A)と歌うのです。
よくこの歌詞を噛みしめれば、特別じゃない、どこにでもいる私は、どのように見えても、そんなことは関係ない「私は私」なのだと、力強く主張しているのです。
この強烈な自意識を、「老女A」に感じます。

突っ込み所はいくつもあります。「ヘアダイ」という言葉の古風な響き。「カラーリング」と言わなかったのは、音数のためばかりではないかもしれません。四か月美容院へ行かない状況とは?今は自分で簡単に髪を染めることだってできるのに・・・
また、「老女A」に続く「とはなりにけるかも」は、一読では、勢いで詠んでしまっている印象を受けました。繰り返し読んでみると、強烈な自恃の裏に潜む哀感が漂ってきます。下句は、ゆっくり音読すべきなのだと思いました。
Posted by 梶崎恭子 at 2013年05月12日 02:15
へアダイ(髪染)そういえば今では何処でも「カラーリングORヘアカラー」ですね。
前評者のお書きのように、ある年齢の女性にとって四か月もの期間、美容院へ行けなかった(もしくは自分で髪染を出来なかった)状況にいたということは、尋常なことではありません。それは、超多忙、闘病、おしゃれに気を配る余裕のない環境だったことなのだと推察しました。
年齢を感じつつ、哀しいけれど、笑うしかないねって気分。
もうひとつ伝わるのは、「蓬髪」と結句の「なりにけるかも」
早春の喜びを詠った
「いはばしる…早蕨の…なりにけるかも」のパロディーとして面白く受け止めました。
Posted by 庭野 摩里 at 2013年05月18日 22:29
梶崎恭子さん、庭野麻里さん、貴重な評、ありがとうございました。
Posted by 弘井文子 at 2013年05月30日 21:59