【選歌集計結果=8票】
【投票者=海野 雪/太田賢士朗/桑原憂太郎/さとうひろこ/永井秀幸/庭野摩里/藤原龍一郎/三田村まどか】
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「腹立つほどに」が効いていると思います。
「腹が立つほどに」はとても忙しいことを言っていると同時に、本当はしみじみ個人を偲びたいのにそれができなくて腹が立つという気持ちも表しています。
仏事・手続きに忙しいと救われる面と、形式的な行事その他に追われて本当の心情から離れる面と相反するものがある気がします。
義父を見送って1年・・そんな心境でいたので深くうなずいた歌でした。
「腹が立つほどに」はとても忙しいことを言っていると同時に、本当はしみじみ個人を偲びたいのにそれができなくて腹が立つという気持ちも表しています。
仏事・手続きに忙しいと救われる面と、形式的な行事その他に追われて本当の心情から離れる面と相反するものがある気がします。
義父を見送って1年・・そんな心境でいたので深くうなずいた歌でした。
中学二年の時に祖父を亡くしていますが学級副委員長としてお父さんを亡くした子二人のうちの、学校から近い方に行きました。参列した大人のうわさに委員長と「そんなことない!」「大人は…汚いな」学校に帰るとき話していました。
『かなしみにさらわれぬよう』という表現、特に『さらわれる』が良いなっ!と思いました。
もちろん、「人の死」というのは、身内の方の死を指しているのであり、そういう背景が一読でわかるのも、この歌の力なのだと思いました。
伯父の四十九日が終わってどっと喪失感がましているので、なるほどなあと端的に
よく詠めているお歌だと感心し、とろうかと思ったのですが、それゆえとれませんでした。
不思議です。かなしみにさらわれているのかなあ。
身近で人がなくなり、葬儀などの準備に追われている人の実感が、的確に歌われていると思います。
「かなしみにさらわれぬよう」という見方に、作者が気持ちが込められていると感じます。
あえて言えば、一首で完結していて、余韻のようなものが感じられないのが残念な気がします。
太田さんと同感です。2句目までで理由を言っているところが、歌を理窟にしているのだとおもいます。(これは子規の受け売りです。)
「人の死は」と、一般論にしているのもマイナスのようにおもいます。そのときのことだけを一首にした方が、いい作品になる可能性が高いです。
「腹立つほどに」も、直接は、言わない方がいいのではないでしょうか。