この記事へのコメント
作者が何に対して急き立てられたのかが分からないところに魅力を感じました。

「飛び込み台」に登るのは、競技に携わるなどごく限られた人に思え、作者は実際に飛び込み台に登る人には含まれないのではないでしょうか。
「飛び込み台」を見て、それとは全く関わりはないのだが、作者個人が抱える何らかの焦燥感があらわに認識された。その対象は例えば仕事かもしれません。
しかしこのプールの情景は来るべき夏を思わせます。
そうするとこれは恋の歌かもしれないという気もしてきます。

いずれにせよ「清水の舞台」ならぬ「飛び込み台」から飛び降りるような一大決心をしなければならない事情を抱えている、そういう気持ちにさせられたように思えました。

四句めまでで、そうは言っていないのですが、よく晴れた汗ばむ陽気というのも想像されました。
加えて「飛び込み台」から飛び降りるというのはかなり自己破壊的な行為にも思えます。
よく晴れた汗ばむ陽気と自己破壊的衝動の取り合わせには魅力を感じます。
Posted by 光本博 at 2013年05月07日 07:29
 私も3位に推させてもらいました。多くの支持を得た歌です。
 4句目までが、割と視覚的に具体的に表現できているところがいいのだとおもいます。
 しかし、私なら、「空を指す」と真っ白なの「真っ」は使わないで作りたいです。短歌は(あるいは日本語の韻文は)、例えばこの歌の場合、両方とも無くても一首として同じ内容を言い得るくらいの力を内蔵しているということを理解して欲しいです。
 結句は、すこしねらいすぎ、言い過ぎかもしれません。
Posted by 山寺修象 at 2013年05月07日 15:44
市民プールの飛び込み台に人が近づいてくるのはほんの限られた間。屋外プールの季節は短い。それを思うと、自分には時間が無い。急げ。何かに急いでいる主人公がいる。その焦る気持ちがなんとなく伝わってくる。
Posted by 伊庭日出樹 at 2013年05月12日 09:50
空をさすが、立体的な像を思い浮かべさせてくれました。
Posted by エリ at 2013年05月13日 09:07
「空を指す市民プールの真っ白な飛び込み台」自体が、何か「われ」を急き立てているものの象徴になっているのだと思います。市民プールの飛び込み台が作者には空を指しているように見え、単に白というのではなく「真っ白」に見える。そのことが「急き立てられる」感じをさらに差し迫ったものに思わせる。ここで何に急き立てられているのかは問題ではなく、尋常な(そしておそらくは作者とは無関係に存在しているのであろう)「飛び込み台」にさえ、何か「われ」を急き立てるものを感じてしまうという、やや強迫的な心理が表現されているのでしょう。
Posted by 大室ゆらぎ at 2013年05月18日 08:16
空を指す市民プールの真っ白な飛び込み台に急き立てられる

人生の新しいステージに挑戦しようかしまいか迷っているところへ、飛び込み台から「やってみなさい」と言われているような気がした、という場面をイメージしました。

「真っ白な飛び込み台」の映像がくっきりと浮かんできて、良いと思います。

第1句の「空を指す」という表現から前向きな印象を受けました。
Posted by 太田賢士朗 at 2013年05月23日 09:09
このあたり普通遊泳中の飛び込みは禁止されています。

空を指す、高飛び込み用の飛び込み台です。そうするとそんな市民プールがあるのか?とも考えますが、あるとして、高飛び込みの競技を見ていたことがあります、オリンピックではないと思います。場所は日本です。(私は中学生かどうかでした)

これが市民プールかどうかは謎ですが、白いオブジェに階段を使ってのぼり、飛び込む。その飛び込み台を見た作者は競技関係か、一市民か知りませんが。
Posted by ふゆのゆふ at 2013年05月24日 15:49
みなさま貴重なコメントをありがとうございます。
この冬、屋外プールの競技用飛び込み台の美しい形を見てハッとしました。
高飛び込みをやってみたいと思ったことがありましたが、私が飛び込み台に昇る事ができる可能性はもうないな〜って。
やりたい事とやらなければならない事ともうやらない事を決める時期!と急かされたように思いました。

読み手の方が「夏」や「ポジティブなイメージ」を引き出してくださったのは嬉しい驚きでした。
ありがとうございます。

Posted by 三田村まどか at 2013年05月28日 07:10