この記事へのコメント
 連休のころが見ごろの芝桜。全国には芝桜で有名な公園がいくつもあるようです。作者はそのような園に出かけられて一日を過ごし、花に酔うような心地で家にもどられたのでしょうか。そのときに、芝桜と見まがうような赤紫のスリッパをみてはっとした。まるで芝桜の花群に足を差し入れるような感覚が読むものにも伝わります。心情を飾らず正直に詠っているところが魅力的です。
 「はっとする」としか言っていないけれどそれが却って芝桜の美しさを云々せずとも感じさせます。初句二句を平凡に詠いだし、三句から四句目の句またがりで少しもたもたさせておいて最後一気に終わる、というところが歌のつくりとして鮮やかだと思いました。スリッパ、はっと、の二回の促音が効いています。
 最初は「あかむらさきいろ」という一語の分量と句またがりになっている点に引っかかりましたが、何度か口にだして読むうちに慣れてきたのか、今はそれほど問題とは思いません。
Posted by 吉岡馨 at 2013年05月08日 20:54
芝ざくら眼にやきつきてあかむらさきいろのスリッパみてはっとする

芝ざくらの群生を見てきた作者がどこかわかりませんが、スリッパをはこうとしてあかむらさきいろにはっとして見たお歌。
「やきつきて」は」「やきつきし」の方が三句につながり、三句の字余りがしらべをこわしているので、色の表現を「むらさきの」とするか、あかむらさきならば、えんじ色とすれば、大幅な字余りはさけられそうです。結句も推敲できそうです。
作中主体が、スリッパを見た時の意識の変容に驚いたところは、新鮮に感じるのですが、しらべが、もっと工夫できそうです。
Posted by 西五辻芳子 at 2013年05月15日 19:15
一瞬の錯覚で「はっとする」ことはよくありますが、それをそのまま「はっとする」という言葉を使って詠んだ歌。素朴と言えば素朴、しかし、この「スリッパみてはっとする」というフレーズは生々しくて、妙な魅力があります。音韻としても面白い。「はっとする」というような言葉は短歌ではあまり使わないと思う(たぶん、もっと違う表現を探す)ので、却って新鮮に感じるのかも知れません。四句途中までのもたもたしたような言葉の運びを「スリッパみてはっとする」で受ける気合いに文字通りはっとします。
同じ内容をもっとすっきりと短歌的にまとめることも出来るかも知れませんけれど、この作品は、たぶんそうした方向には行っていないのではないかと思います。
Posted by 大室ゆらぎ at 2013年05月18日 08:06
芝ざくら眼にやきつきてあかむらさきいろのスリッパみてはっとする

現代短歌は、難しいとつくづく実感します。
短歌が好きな私なのに、難解な言葉もないのに五七五七七にそわないと判らないです。

芝桜は眼にやきついてスリッパのあかむらさきをみてはっとする

これでは散文です。「やきつきて」は、文語まがいのように思いますし、上の句の主語は
「芝桜」で、私の眼にやきついたから主体は下の句の作中主体と一緒で、分散しないと解釈するのですか。自動詞と他動詞をふくめもう少し文法にそって、教えていただけませんか。
Posted by 西五辻芳子 at 2013年05月20日 00:47
この歌のマイナス点は、読者に伝えたいことを全部書いてしまっていることと、慣用句的な表現(「眼にやきつきて」「みてはっとする」)にあるとおもいます。
「散文に近いこと」や「57577音から外れている」とか「上句と下句で主語が違う」とか「句またがり」などは、オリジナリティーのある文体確立のためには個人による戦略として、それぞれ有効な方法で一概に悪いとは言えないとおもいます。
「芝ざくら」のあとには助詞があった方がいいとおもいます。「あかむらさきいろ」の「いろ」は省略できるのではないでしょうか。
Posted by 山寺修象 at 2013年05月23日 09:15