【選歌集計結果=1票】
【投票者=太田賢士朗】
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「風邪を押し走る」とか「風を押し疾走(はし)る」などになっていたら取れたどろうにと惜しく思いました。
風、バイク、髪、夕焼けという爽やかなイメージを好ましく思いました。
ただ意味をつかみにくく、もやもやが残ります。
主語が「髪が」になっていて、作中主体(われ)の所在が
はっきりしないのが原因だと思います。
(われ)は後部席に座っているのだと読んだのですが、
「バイクを運転している」、または「(例えば道端にいて)走っているバイクを
見ている」という読み方も考えられると思います。
「なびいた髪が探す夕焼け」という表現がこの歌の独自な部分だと思いますが、
これも分かりにくい。夕暮れ時に、ヘルメットから出た髪が風になびく様子を
このように表現していると理解しました。
結局、
「夕暮れ時、我は風を切って走るバイクの後部席にいて髪をなびかせている」
という歌と解釈しました。
夕焼けっていうところがよくあるなと言えばよくあるんですが、朝焼けだったらどうかってと、あまりよく変わらない気がします。
前の書き込みでふれた、「バイクを運転している」場合の読みについて。
(われ)は男性で運転していて、ミラー越しに、後部座席の女性の髪をちらちら見ているという状況をイメージしました。
この女性は、恋人もしくはガールフレンドだと絵になると思います。こちらの読みの方がシーンとしては、魅力的だと思います
ただ、バイクを運転しながら、通常の角度のミラーで後部座席の人の髪が現実に見えるかどうかは、分かりません。