この記事へのコメント
美しい歌ですが、「美しく作ろうと思って美しく作った」という手つきがちょっと見えてしまうように思いました。
「揺れながらきらめきながら」ですから、今まさに落ちつつある葉であるところ、結句の「落葉」という語はすでに地の上に落ちている葉を言うのではないかな? という疑問が残りました。
4句までで十分に美しい言葉を使っているので結句の「いくひら」はやめて、そこに何の木の葉かというのを入れる、という手もあると思います。
Posted by 斎藤 寛 at 2013年11月11日 07:59
>木漏れ日の射すひとところ揺れながらきらめきながら落葉いくひら

落ち葉が積もってゆく情景を丁寧に描写しておられます。
落葉樹の林の中を想像します。その木漏れ日の差す辺りに風と言うほども吹かないのに落ちてくる落葉。小さなかさこそと言う音や遠くの鳥のさえずりなども聞こえてきそうです。頬には日差し。わたしも大好きな時間です。
三句の「揺れながら」、四句の「きらめきながら」のリフレインが美しく、結句の「いくひら」の「ら」と脚韻をなしています。二句の「ひとところ」もら行音で、微かな音楽が聞こえてきそうです。
Posted by 弘井文子 at 2013年11月11日 08:35
この歌会はいつも自然詠は多くないのですが、今回は特に少ないようです。自然詠大好き派としての僕は、この歌真っ先に取らせていただきました。
「揺れながらきらめきながら」を斎藤さんは落ち葉の落ちて行く時のことと取られているようですが、これは「木漏れ日の射すひとところ」の状景で、そこにいくひらかの落ち葉が落ちている歌と僕は取りました。木漏れ日の射す地上は実際、揺れながらきらめいています。写生の歌として正確で美しい歌だと思います。
「ら」の音韻の美しさ上記、弘井さんが書かれている通りで、また定型ぴったり、ひびきも良い歌と思います。
一票しか入らなかったのが僕には意外でした。
Posted by 永井秀幸 at 2013年11月11日 16:50
永井さんは地の上の落葉を「揺れながら・・・」と読まれたようですが、それはかなり遠くからの視点の場合で、それなら「揺れながら」と見えるかも知れませんけれども、「いくひら」はかなりズームアップした感があり、そのへんに「?」が残ります。「いくひら」という言い方自体も静止した葉ではなく散りゆく葉のさまを想起させるでしょう。
「ら」の脚韻も3句・4句で十分で、結句で駄目押しをしなくてもよいのではないかと思いました。
なお、「落葉」の語義ですが、手許の辞典(広辞苑、新明解国語辞典、新潮国語辞典)では地の上に落ちた葉という意味で書かれていますが、ネット上でデジタル大辞泉を見ましたら、「散り落ちた木の葉。また、散ってゆく木の葉」と書かれていました。あるいは作者の方はこの「散ってゆく木の葉」の意で使われたのかも知れない、と上記の斎藤のコメントを書いた後に思い直しました。が、それでもなお、もう少しいい歌に直せそうな気がします。
Posted by 斎藤 寛 at 2013年11月11日 19:23
「落葉」についてもう一点補足します。
僕は初読の時からずっと「おちば」と読んできましたが、「らくよう」とも読める語です。「らくよう」なら、葉が落ちることという意味として了解されます。あるいは作者の方は「らくよう」と読んでほしかったのかも知れませんが、それならばふりがながほしいところでしょう。
また「らくよういくひら」と結句8音が4+4になるのも、韻律上好ましくないように思いますので、やはり「おちば」と読むのが自然であろうと思います。
Posted by 斎藤 寛 at 2013年11月12日 15:40
揺れながら、きらめいているのは落ち葉ではなくて、木漏れ日が射している地上の揺れて、きらめいているひとところに(揺れて、きらめいているのは地上の木漏れ日)いくひらかの落ち葉がある状景の歌と僕は取りました。
Posted by 永井秀幸 at 2013年11月12日 16:22

この記事へのトラックバック