この記事へのコメント
夫婦二人暮らしだと、これは確実です。布団の上で見つけたなら話は別ですが、子供がある程度のお年頃になってないと確信は持てないでしょうね。私の場合、両親の寝室にテレビがあったのでよく見ていました。これは10才になってないころですがたんすの探索も行いました。でも子供の毛は子供の毛で明らかにわかるものです。

最初何故こんな回りくどい歌を作られたか合点がいかなかったのですが要するに

「ちゃんと掃除して!」か「おや、妻の眼もピントが狂って来たか」どっちかでしょうね。
Posted by ふゆのゆふ at 2013年11月07日 11:29
>これは私の髪ではないということはおそらく間違いなく妻の髪

とぼけた味わいがあります。
夫婦二人暮らしであれば、自分の髪の毛でなければ同居人の髪の毛であることは自明なもですが、それをこう一首にすると、何やらすっとぼけた感じがして、面白い。
Posted by 弘井文子 at 2013年11月08日 14:44
一読クスッとしちゃった歌で、3首選には入れませんでしたが、4首選だったら4首目にこの歌を入れたかったです。
前評お二人とは違う読み方をしました。これは「浮気」がテーマの歌ではないでしょうか。
シーンは、陳腐と言えば陳腐ですが車の助手席。そこに落ちている髪を見つけたわれが、ボソッとこんなふうに呟いているのだろう、と読みました。
「おそらく間違いなく」というのがユーモアのある言い方で、九割九分は妻の髪だろうと言っておきながら、あえて一分の隙を残しているんですね。
読者はすでに真相を知っている者、作者はあえてこんなふうにそらっとぼけて見せている
者、という阿吽の呼吸のやりとりを想定して読むのがよいのではないか、と思いました。
Posted by 斎藤 寛 at 2013年11月08日 19:34
斎藤寛さんの読みは説得力がありますね。なるほどそうかも知れないと腑に落ちました。
Posted by さとう ひろこ at 2013年11月16日 08:01
これは私の髪ではないということはおそらく間違いなく妻の髪

斎藤寛さんの読みを面白いと思いました。が、私はちょっと別の読解をしました。

「ということはおそらく間違いなく」という確信犯的にとぼけた表現。かつ大胆な句跨り、でもそれはあまり気になりません。すんなり読めてしまいます。
そこそこいい年齢のおじさんの独り言、のような歌が、あっさり歌われているようで、実はぐんと奥行きのある「私」の日常を描き出している点に、とても面白さを感じ1票入れさせて頂きました。

奥行きとは、この「私」の現在の境遇や心象が浮かびあがってくるところです。

私も、場所は車の中、髪があったのは助手席ではないかと取りました。奥様は、運転をしない方ではないかと思います。運転する方なら、助手席に女友達を乗せる可能性がありますから。
助手席に髪の毛を発見した「私」は、自分の髪ではないのだから妻の髪にちがいないと思うのです。でも、斎藤さんがおっしゃるように「あえて一分の隙」を残す表現をしています。
この「隙」は、「私」の一瞬の願望であり妄想なのではないかと感じます。
あれっ?助手席に女性の髪の毛、俺はだれか色っぽい女性を乗せたっけ?と妄想するのです。
が、一瞬後、そんなアバンチュールは俺の人生に無かった・・・そしておそらくこれからも・・・と我に返るのです。「私」の現在の日常は、妻との二人暮らしです。子供が自立した後の夫婦かもしれません。

このお歌には、実直な生活を送る自分への安堵と肯定と同時に、微かな寂しさが漂っている気がします。
Posted by 梶崎恭子 at 2013年11月22日 23:28

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