この記事へのコメント
作者は誰かと久しぶりに会うことになり心弾ませて電車(あるいは地下鉄)に乗ってどこかへ出かけようとしています。
そんな作者だからこそ、自動改札機にいったん切符を挿入してすぐに別の口から切符を取るという当たり前の行為にさえ、<再会>と通じる意味を見出して歌にしました。
自動販売機だけを詠って心の様子まで表現したところが秀逸と思いました。
Posted by 海野 雪 at 2013年11月08日 14:41
楽しみにしている誰かとの久しぶりの再会かどうかは、この一首からはわかりませんが、
切符とあるから、通勤や通学ではなくやはり久しぶりの外出なのでしょう。

自動改札機って誰しも経験があると思うのですが、何かの間違いから警告音とともに扉が閉まり、
大焦り・恥ずかしい目に遭うことがあります。
特に複雑な乗換えや不慣れな土地など…内心ドキドキするのです。
{再会というは愉しく二歩あゆみくぐりぬけ来し}と四句までは「いったい何のこと?」と思わせ、
結句で謎が解ける。納得の作りです。
人間の二歩の歩みのうちに機械の中で何が行われているのだろう?という想像も広がり、
楽しい歌です。
Posted by 三島麻亜子 at 2013年11月09日 15:56
僕はこの歌の意味が皆目わからなかったのですが、前評を読んで、そうか自動改札、と納得しました。
とすれば、僕のような愚鈍な読者のために、改札という語を入れてほしかったと思います。
また、そう詠まれたのなら、「再会」は、ほんの1秒ほどの間、別れ別れになった切符との再会ということに絞って読むのがよい、と思いました。
僕の友人で、銀行のATMは不安だ、もし吸い込まれたカードが戻って来なかったらどうするんだ・・・とて、今なお窓口での手続きで預金をおろしている者がいますが、あるいは作者の方はあの手の機械に対してそうした感覚を持っておられるのかも知れません。
Posted by 斎藤 寛 at 2013年11月09日 19:26
再会というは愉しく二歩あゆみくぐりぬけ来し切符にまみゆ

海野さん三島さん斎藤さんのコメントを読みよく詠まれているなと納得しました。
日常の何でもない事の楽しさを詠ったお歌で結句で思わず面白くてわらってしまいました。
大変たのしく本当に選歌したかった一首です。
単純に自動改札に入れた切符が通過する時もう一度出てくることを「再会」と表しているんだと思ったのですが、結句の自動詞の「まみゆ」に少しひっかかりをおぼえます。
切符に謙譲語で、愉快な感じにまとめられているのが、ちょっとオーバーで詠みにくいのかもしれません。

Posted by 西五辻芳子 at 2013年11月17日 13:57
大阪などに出かける時、わたしの町からでは、在来線や新幹線などたくさんの切符を入れなければならないのですが、時々止められます。
三島麻亜子さんがお書きのように、自動改札の切符のことを、オーバーアクション気味に言って、ちょっとお茶目な歌だと思います。
考え落ち、みたいで面白い。
Posted by 弘井文子 at 2013年11月17日 16:01
私の最寄の駅(在来線)は、まだ駅員が
切符を切っている(スタンプですが)
自動改札は少し遠くに行った時
のみ。そのため切符が
もどってきたときには確かにホットします
なにげない日常も
小さな緊張の連続だと感心しました
大仰な言い方も成功していると思います


Posted by 竹田正史 at 2013年11月18日 19:37
コメントをいただいた皆様有難うございました。
後期高齢者の小生は自動改札機を通るとき、緊張を覚えます。故なくピンポーンと拒絶されると人格を全否定されたような気がして戸惑います。
高速道のATMも同様です。バーの上がりが遅いのでいつも緊張しまくります。
そんなつかの間の緊張をスルーしたときの安堵をおおげさに詠ってみました。
有難うございました。
Posted by 高井忠明 at 2013年11月29日 15:04

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