この記事へのコメント
結句の「きっと」の後には書かれていないが何かの言葉が続く。
それは読者が今抱えている気持ちによっていろいろあるのでしょう。
結句の余韻とそれから読者の心に入り込む力に惹かれました。
私は「きっと」のあとは「あなたは会いに来てくれる」と想像しました。
黄昏時は全ての景色がオレンジっぽく染まる時があります。
そう言う時の雨は透明でなくオレンジか黄色の色を帯びているのでしょう。
それを今の季節の金木犀の色と喩えるのが素敵です。
嗅覚も記憶を呼び起こし、人恋しさを刺激します。
視覚と嗅覚の二つで人を恋う気持ちを表現しているのがすぐれていると思いました。
Posted by 海野 雪 at 2013年11月07日 21:46
>金木犀の色に雨降る黄昏は約束なんてなくてもきっと

海野雪さんがお書きのように、「金木犀の色に雨降る」が何とも詩的で、初句の六音のたたみかけも、心地よいリズムとなっており、また視覚と嗅覚の両方をも刺激して魅力的です。ただ、「黄昏」の「黄」と「金木犀」の「金」の重なりが少し気になりますけれど。結句の「きっと」と言う言い差しで、一首がやや甘くなりますが、お若い方の相聞歌でしょう、きっと^^
Posted by 弘井文子 at 2013年11月08日 14:15
ギリシア神話の{ダナエにそそぐ黄金の雨}を思い浮かべました。
ゼウスが黄金の雨の雫に姿を変えてダナエと交わり、英雄ペルセウスが生まれる。
官能的な場面ではありますが、こちらは愛が成就したわけで…

この歌の思わせぶりで余韻を持たせた結句は、神話が連想させる通り作中主体が、
愛に対して希望を持っているということでしょう。

金木犀は雨には弱く、雨が降るとすぐ散ってしまいますが、散り敷く花はオレンジというより
黄昏色だったかもしれません。
そんな儚さの中にあっても「信じたい」という気持ちが、よく表れている一首だと思いました。
Posted by 三島麻亜子 at 2013年11月09日 11:02
下句の言い差しが特徴的な一首です。
上句は前評のとおり、雨で金木犀が散っている様子をきれいに描写していると感じます。
さて、その上下をどう結び付けるかということになりますが、私は必ずしも相聞とは思いません。相聞も一つの選択肢でしょうが、それ以外にも何かに対して信じている気持ちがひとりごとのように口をついたと感じられました。
Posted by 村田馨 at 2013年11月12日 00:15

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