この記事へのコメント
>夕食はカレーライスと言い当てる予知能力が私にはある

子供たちが独立してからはカレーを作る回数がめっきり減りましたが、それでもごくたまですが無性に食べたくなることがあります。
作者はまだわたしよりお若い、夕食カレー頻度が高い世代でしょう。主に食事を作る方ではなく、いただく方の配偶者かと思われます。わたしの世代ではまず男の人ですが、今の世代でも、まだ「食べるほう」が男性なのかしら?
で、作者的にはうれしいのか、「またか」と少しばかりがっかりしているのか、わたしなら、がっかりの方に思えますが、「予知能力」と少し大仰に行ったところが、また結句「私にはある」も見得を切っているみたいで、面白く読みました。
ユーモアと、はつかなペーソスがあります。
Posted by 弘井文子 at 2013年11月06日 10:52
読み違えた気がするんです。帰宅する。ある距離からカレーのにおいがする。もしくは冷蔵庫見たらすっかりカレーの材料がそろっていた。

それぐらい予知能力とは言わないよーって、予知能力と言ってもさしつかえないけど結構誰でもできるよ、と。

でも、料理を作り役の人が体調が悪そう。ピンチヒッターならカレーだろう、しかもレトルトだろう。(レトルトもおいしいです)などという事情を言わずに「予知能力だぞー」っていってのけるのは面白い。もしかして、カレーのレトルト買ってきてるんじゃないでしょうね、と突っ込み入れたい気分です。
Posted by ふゆのゆふ at 2013年11月06日 13:27
子供の頃カレーライスが大好きだった世代ですが(結構ごちそう)

得意料理は勇んで作る、男性陣結構多くないかなあ。恵方巻という習慣は子供の頃知らなかったので「よーしつくってみよう」海苔を表に出さない巻き方で作ってみたそうです。

職業ではそれどころでない!って人もいますしね。共稼ぎ、核家族、単身赴任、多世帯…家族の数だけの夕食でしょうね。

ここにカレーを持ってきたところが妙ですね。寒くなるし恋しい料理で、しかもレトルトからこだわりまでありますからね。世代も特に問わなくなってきたと思います。


Posted by ふゆのゆふ at 2013年11月07日 10:51
作者は男性のような気がしました。
食べるのは作者で作るのはその妻。
しかし作者が子供の立場である場合でも成り立ちますね・
家庭生活もある程度経つとその家の生活パターンが家族なら推測できます。
例えば妻が出かけて遅くなる日はいつもカレーだとか解るわけです。
作者も何かの状況を考えるに今夜はカレーと推測できるだけのことですが、それを予知能力を言いきったところが面白いです。
作者にとってカレーは大歓迎というより「カレーか」というニュアンスが感じられ、弘井さんと同じくペーソスを感じます。
国民的料理で本格的カレーからレトルトまで幅広いカレーを歌材に持ってきたところが食卓の風景まで想像できてよかったです。


Posted by 海野 雪 at 2013年11月07日 22:02
なるほど。海野さんのご意見をかんがみると毎度カレーってのは「あーあ」になるかもしれませんねえ。うーん。カレーだから「あーあ」なのか、妻不在で食べる食事で「あーあ」なのか。

(毎日毎日一週間カレーだったら、困るんですが、週一ならむしろ喜ぶクチなので。夫も週に一度なら「あーあ」でないのでそのペーソスというのが、今一つ理解できないです。)男性陣来ないかなあ。
Posted by ふゆのゆふ at 2013年11月08日 14:04
私作るひと、僕食べるひとというCMが批判されてからもう何十年にもなりますが、この歌の場合は“世の大勢”として、われは夫、相手(は歌の中に明示されていませんが相手がいるわけですよね)はおそらく専業主婦、という家族を前提に詠まれているのではないかと思いました。
毎晩の献立を考えて材料を買い揃えて調理するというのは、けっこう面倒な作業で、ぽや〜んとしているとすぐに夕食の時間に近くなってしまう。ええい、今夜はカレーだ、というのはそういう日でしょう。すべてが面倒な時はレトルトのカレーを買ってきて、いかにも鍋で作ったかのように偽装(?)する、ということもあるかも知れません。
で、この歌の読みどころは「予知能力」という語で、つまり、われは朝起きた時に、その日の妻の「ぽや〜ん」度を測定し、今日は相当に「ぽや〜ん」が来てる、これは今夜はカレーに違いない、と思って仕事に出かけて、夕方帰宅すると、ああ、やっぱりカレーだ、ほらね、とニヤリとしている、というユーモラスな歌なのだろうと読みました。
われは妻の「ぽや〜ん」を責めていないし、カレーはもう飽きたとも言っていない。そういう鷹揚な「われ」の像も浮かびます。
Posted by 斎藤 寛 at 2013年11月09日 07:06
カレーライスは、私の中で今も昔も「今晩も同じだったらいやだな」ととっさに考える食堂での昼食メニューのNo1です。私もこれまで何度も「予知能力」で危機を回避して来ましたが、年に何度かは「予知能力」が働かずに撃沈していますので、この歌の内容に非常に共感して一票いれました。話が少しそれますが、昔は各々の家の夕餉の香りが今よりもずっと強かったので、周りの家庭から次の日の「予知能力」の手がかりも得られていた様な気がしています。
Posted by 照井 夕佳詩 at 2013年11月09日 17:40
朝のにおいというものもありますから、(天候や季節で違う)夕餉のにおいはあって当然だと思ってたんですが、いろいろ違うんですねえ。

南隣の家はよくラーメンを取っています。奥さんが体がままならない状態で。だから娘さんが近所にいます。

ラーメンはカレー並によくわかりますね。別に覗き魔ならぬ嗅ぎ魔はないのですが。排気口が通路にあるのです。集合住宅です。
Posted by ふゆのゆふ at 2013年11月10日 01:52
なんだろう。個人的に好き嫌いはあってよいんですが。

食に関する楽しみ派、刹那的な話でなくてなの、私だけ?それはいいとして

作者さんが私についてくれるとしたら、気持ちを素直に出すか、「恋人に勝負食作る気持ち(男女問わず)」のようにポジティブを前面に出した方が良いかもしれませんね。
Posted by ふゆのゆふ at 2013年11月10日 13:04

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