この記事へのコメント
胎内でいつだかわからないけど指紋ができるんですよね。赤ちゃんとして生まれてきたときには、見えるかどうかわからないけど、確かにあるでしょう。

この指紋を本人認証に使う(拇印押捺ということも今は少なくなりましたがあります)ことはある。自分が自分になった日を指紋でとらえる。指紋に関して結構重要度の高いものと感じている方かもしれませんね。

余談ですが指をやけどしたりすると一時的であれ指紋が消えます。表皮からは消えます。そういう薬剤を扱う人は消えがちですね。だけど逆にそれはその人をその人(ある職業の自分)たらしめているんですね。興味深いことだと思います。
Posted by ふゆのゆふ at 2013年11月06日 13:20
>この指に指紋のできた日があってそのとき確かに私になった

指紋は、何時頃できるのでしょうか?生まれたての赤ん坊にはもう指紋がありますので、ふゆのゆふさんがお書きのように、胎内の何時かの時期と思われますけれど。
自分を自分と確認、認識することと、近年の「指紋認証」とを結び付けての下の句、「そのとき確かに私になった」と言う作者の思いは、いま少し分からずにいます。

Posted by 弘井文子 at 2013年11月08日 14:02
「私になる」というのはどういうことか、というテーマに関しては思想的学問的にもいろんな議論があります。この歌の「この指に指紋のできた日」という提示が、そうした議論群を突き破って鮮やかに決まっているかというと、必ずしもそうは言えないように思いました。
指紋はたしかに個を特定するものですが、それがかえって真正直すぎるように思います。このつむじが左巻きと決まった日に・・・、ぐらいのアバウトさで言った方がインパクトがあるのではないかと思いましたが、どうでしょうか。
Posted by 斎藤 寛 at 2013年11月09日 06:46
昔の漫画を読んでいて引きずられたんですね、シリアスなものではないですがある社員の引き出しに指紋認証がある、別人が触ると絶対あかない、引き出しがボディーブローをくらわす、逃げる(机が)眼の認証で目突きというギャグです。

それと判を忘れた時に拇印でいいと言われたことと(書留か何かの封緘の時)小学校の赤十字の募金でどういうわけか各人捺印したことがあります。小学生に印鑑はありませんが、なぜでしょうね。これは五年くらいの話で、一年ころ、「こども銀行」(体育館=講堂)に袋を持って「預金しに行く」ときは私は袋を渡すだけでした。
Posted by ふゆのゆふ at 2013年11月10日 02:02
古くから指紋は個体認識の根源的な手法で、最近は指紋認証は珍しくなくなりました。
本作の面白さは、指紋ができたから「私」というアイデンティティが生まれたという逆説的な発想です。比較として妥当ではないかもしれませんが、自画像に髭を描いてしまったから仕方なく髭を伸ばしたという寺山修司の小文を思い出します。
「指紋のできた」というのは、自分に指紋があると認識した、あるいはもう少し突っ込んで、他者と我との差をはじめて意識したと理解しました。
Posted by 村田馨 at 2013年11月12日 01:06
私はこの歌は、「この指に指紋のできた日があって」という上句にあまりとらわれずに、
もう少し宗教的というか原初的なことに引き付けて読んだほうが良いのでは?と思いました。
旧約聖書に「神はまだ人が母の胎に宿る前にあなたを知り・・・」というくだりがあります。
「あなたがまだ生まれない先にあなたを聖別」した神に対する想い、それが下敷きとなってたしかな
自己認識がある。下句でそう言い切っています。確固たる強さを感じさせる歌です。
Posted by 三島麻亜子 at 2013年11月17日 21:02
わたしは単純に赤ちゃんって指紋持っているのかなあと疑問をかんじました。
こんど1歳半の孫が来た時、たしかめてみようと思います。
Posted by 青柳泉 at 2013年11月18日 20:20
私は、この歌からは、iPhoneの指紋認証を連想しました。
なので、一読、時事詠的な印象でした。歌もするりとした口語で、軽い口当たりです。

そんな気分でありましたが、皆様のコメントを読ませていただいて、解釈が広がりました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2013年11月18日 21:50
私は齋藤さんの意見にほぼ賛成で指紋=私と言えるのか、根本的に疑問に思いました。指紋は他者と識別できるという意味しかありません。
私になったというともっと哲学的な意味をかんがえてしまう。自己のアイデンティティが確立されたような。
三島さんの意見は面白く、この歌からそこまで宗教的なことを考えるのかとある種感じ入りました。


Posted by 青柳泉 at 2013年11月19日 23:38
この指に指紋のできた日があってそのとき確かに私になった

私は、村田さんの「他者と我との差をはじめて意識した」というご意見に近い読みをしました。

「その確かに私になった」という「私」は、自身も、ほかの誰もが、この世界に唯一無二の存在であることを実感する瞬間があったのです。ではその始まりはどこなのだろうと「私」の思いは遡っていきます。

「指紋」というのは、自他の分岐のその象徴として用いられている言葉と思います。
生物学的にそれが正しいかどうかは、ここでは問われていないように思えます。
Posted by 梶崎恭子 at 2013年11月22日 22:07
選歌していただいた皆様、また、コメントを寄せていただきありがとうございました。つい先日、誕生日を迎えたときに詠んだ歌です。iphoneの指紋認証の事は初めて知りました。どんどん世の中は変化していますね。こういう素材もおもしろいです。
最近寺山修司がメディアで取り上げられていて、「わたし」のことを少し考えていた時期でもありました。  

Posted by 北島裕子 at 2013年11月27日 15:55

この記事へのトラックバック