この記事へのコメント
カーテンの影、に隠れているのは、どんなひとなのでしょう。教室なのですから、小中高生のいずれかのこども、あるいは先生でしょうか。男女もわかりません。そして作者の視点もわかりません。誰が、誰に向かって、というのが提示されていないので、色々な想像をかりたてられてわくわくします。
無言の詩人というからには、そのひとの言葉自体は知っていて、声を聞きたいということなのでしょうか。
自閉症の子供はよく狭い所に入ったり、カーテンにぐるぐる巻かれて隠れたりもしますが、そういう子供を見つめる先生のまなざし、としてよむと、心が温まります。
君の声が聞きたい、と願う気持ちが胸にきました。
Posted by 蒼あざみ at 2016年11月07日 23:02
私も前評者、蒼あざみさんのように、わくわくと想像をかきたてて、この一首を読みました。四句の無言の詩人とは、どんな人なのでしょう。教室というからには生徒・教員以外には考えられません。もし、それ以外の第三者がカーテンのかげに隠れているとしたら、そういう読みもあるかも知れませんが、すこしシュールで無気味ですね。
私は詩が好きですから、第三者として、いろいろな詩人を思い浮かべました。しかし、教室のカーテンに隠れるような詩人、しかも条件を満たすような詩人は、教師としては一人、伊東静雄しか見当たりません(勉強不足かな)。彼は寡黙な詩人でしたし、生徒からは「乞食」といわれ、逆に卒業生からは尊敬された。外国語のできぬ者にはこれからの詩は書けぬと戒めた。そんな伊東静雄を思い浮かべました
作者の歌に託す思いが奈辺にあるのか、それは解りません、しかし、前評者の蒼さんの解釈は、飛んでいて無言の詩人を自閉症児の子とする、彼等はカーテンにぐるぐる巻かれて隠れたりもする、それを見つめる教師のまなざしと言うのです。
この蒼さんの解に、また、いろいろ楽しませてくれた作者に感謝します。

Posted by かわすみさとる at 2016年11月22日 11:19
>教室のカーテンの影に隠れたる無言の詩人の声を聴きたし

蒼さんのご意見に近いかな。
子供の頃はみんな詩人だ、なんて聞いたことがあります。自分の意見をうまく言えずに、カーテンの陰に隠れてしまった児童に対し、おそらく教師であろう作者が、出ていらっしゃい、あなたの声を聴きたいわ、一緒に話をしましょう、とこころに語りかけている。
「カーテンの影に隠れたる」辺りが、今少し子供らしいしぐさになると、作者の思いがより伝わる気がします。
Posted by 弘井文子 at 2016年11月24日 09:10
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