この記事へのコメント
恋が叶って一緒になれたのですね、栗ぜんざいの栗がよく利いている。
幸福感を堪能させていただきました。


Posted by たかだ牛道 at 2016年11月07日 04:24
小豆の中の栗にずっと継続してきた日常にある幸せが伝わってきて惹かれました。
作者は恋を実らせて結婚できました、
ひとつだけという言葉に特別な恋だったというニュアンスも感じます。

ところでこれは鑑賞とは関係ない感想です。
恋が叶うというとき、好きな人とお付き合いできてしかし結婚までは至らなくて結局は別れた場合数にカウントするのでしょうか?
作者の場合数えないでしょうね。
そしてきっと最初にお付き合いした人が結婚した相手なのでしょう。
Posted by 海野 雪 at 2016年11月08日 05:38
ぜんざい,恋といえば「夫婦善哉」ですね。一人前を2つの椀で出すという,大阪の人情を象徴するものと思います。いうまでもなく,織田作之助の名著のタイトルでもあります。
本作では「栗」に味わいがあります。ぐつぐつと幸せが煮たっていくような感じです。
一方で山崎方代の
一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております
も頭をよぎりました。本作の方が方代さんの歌より実感がこもっていて好きです。
Posted by 村田馨 at 2016年11月08日 15:13
 上句、いいですね。ひとつだけの叶った恋の行方については、もう読者は想像するしかないわけで。
 下句の取り合わせもいいと思います。小豆と栗の美味しそうな匂いが恋の成就の幸福感を暗示していると思いました。
 ただ、結句「煮えてる」のいわゆる「い抜き言葉」については、私は苦手。口語短歌にしばしばあって、はやく慣れようとは思うのですが、結句でのこの舌ったらず感は、どうも歌の良さを減じていると感じてしまいます。
Posted by 桑原憂太郎 at 2016年11月15日 20:30
作者の鑓水青子です。たかだ牛道さん、海野雪さん、村田馨さん、桑原憂太郎さん、あたたかなコメントをくださり、ありがとうございます。とても励みになります。

>たかだ牛道さん、
幸福感を味わっていただけて、とてもうれしいです。ええ、恋が叶って一緒になれました。幸せです。

>海野雪さん、
ええ、ええ、特別な恋でした。美しく読んでいただいて、とてもとてもうれしいです。

>村田馨さん、
ぜんざい、恋といえば「夫婦善哉」ですね。ですよね。山崎方代のかの名歌よりもお好きと……、まことに光栄です。もったいないお言葉、ありがとうございます。

>桑原憂太郎さん、
上句、いいでしょう? 嬉しい評をありがとうございます。ひとつだけの叶った恋の行方について想像していただけたでしょうか。結句の「い抜き言葉」については、つい勢いが出てしまいました(使っておきながらナンですが、本来は私も桑原さんと同意見です)。
Posted by 鑓水青子 at 2016年11月28日 14:45
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック