この記事へのコメント
広くなく、白くもなく、祈るでもなくと三つの否定が提示されており、一首に厭世的気分が漂います。
しかし、状況設定が給油所であり、燃料を補給して再起を期する姿勢がうかがえ好感が持てます。
Posted by たかだ牛道 at 2017年02月08日 19:47
 面白い歌でした。
「広くも白くも」の対句的表現は、普通、並列しないと思います。
「白くて広い」なら、まあ妥当ともいえますが、「広くも白くもない」という否定で使うのは、ちょっとしたフロックで、読む側としては「おや?」と立ち止まる感じがあって、効果的でした。
 そして、この対句的な表現が、下句の、祈る、凭れるの動詞の並びにうまく呼応しているのだと思います。
 また、「でもなく」というやや乱暴な言葉の使い方も、歌意にあっていると思いました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2017年02月10日 22:27
「壁」「祈る」で「嘆きの壁」をベースにあって作った歌かなと思いました。それで給油所=石油(?)凭れかかるという表現からくるアンニュイさは日本の世情でしょうか。
どれも推測の域ですが、想像が膨らむ歌ですね。
Posted by 竹田正史 at 2017年02月16日 20:34
たかださん、桑原さん、竹田さん、コメントをありがとうございました。

渡辺松男さんの
  おほみづあを給油所の白き壁にゐて朝のましづかさがここにあつまる
     『蝶』
(※オオミズアオ(大水青)はうすみどり色の蛾です)という歌をいいなぁと思って、
「給油所の壁」で何か書いてみたい、イメージはずらして別の歌を作りたいと思いました。

調べたら、「給油所の壁」って「防火塀」として決まった大きさや位置で設置しなきゃいけないものと知り、
「それで給油所って、あのぼやーっとしたカンジの壁がどの店にもあるのか!」と驚きました。
実際に近隣のガソリンスタンドを見に行ったら、壁はロゴや広告だらけでにぎやかか、
薄汚れていて白くはなかったです。そして、このぼんやりした歌になりました。

特に指摘が挙がらなかったのですが、
給油所の壁に凭れる、なんてことが可能なのかな、変な場面じゃないかな、と心配でしたが
(徒歩圏内のお店には元気いっぱいの店員さんが常時3人くらいいました。)
セルフサービスのお店か、「給油所の『裏側の』壁」ならアリかなぁと思いました。

作歌の途中に「壁・祈る」で「嘆きの壁」を連想しました。
(歌評を拝見していて、三人に一人くらいは連想するのかな、と思いました。)
ぼんやり凭れてる場合じゃないような激しいイメージがあったらどうしよう、と慌てて調べました。
Webで旅行記を幾つか読みまして、落ち着いたお祈りの場所で、家族で来たり、軽食の屋台などもあると知りました。面白かったです。

あんまり詩的なイメージのない「給油所の壁」について色々考えられて、楽しかったです。よい機会でした。
Posted by 砺波 湊 at 2017年02月28日 15:19
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