この記事へのコメント
「白百合を抱けば白き」までいかにも詩的で、うっとりさせられるのかと思いきや、後半はトホホな出来事が綴られます。

加藤治郎さんの「たぶんゆめのレプリカだから水滴のいっぱいついた刺草を抱く」を読んだときの
「たぶん〜」が勘違いだったらエラいことになるけど大丈夫かなこの人、って気持ちを思い出しました。

「百合を抱く」って平凡な連想ですけど、美女とのロマンスの喩かな、とかどこかで想像してしまうのではないでしょうか。
冷静に考えたらお墓参りの光景かもしれませんが。
この一首では、百合を抱いている人は、シャツじゃなくてブラウスと書かれているので女性の可能性が高いようです。

現実に百合を抱いたら厄介な花粉がつくよ、ついたら取れないよ、そんなもんだよ、とでも言うようなシニカルさが面白かったです。
Posted by 砺波 湊 at 2017年02月09日 10:52
前に砺波さんがおっしゃっているように、この一首を読むと醒めた目で現実を見ているような面白さがあります。そうした読了感が出だしのロマンチックな百合とブラウスの白の反復に呼応して、冒頭と終結が互いに反射しあうような印象を受けます。
視覚的には白百合とブラウスの白、そして花粉の黄色。また、嗅覚を刺激する百合の強烈な香り。花を抱く動作が始まり、花粉がブラウスについてしまったことを悟る(或いは隣人に指摘を受ける)時間の流れも感じられます。そこに味付けとしての醒めた視線、或いは軽い落胆。
たいへん舞台装置の凝らされた素敵な一首だと思います。
Posted by 安野文麿 at 2017年02月12日 06:53
花粉の染みが比喩だとしたら、心の中のこの染みは長引くだろうなと感じました。花粉の染みは落としづらいですから。
ただ「ついてしまへり」にはあまり後悔のようなものが感じられず淡々とした表白にも思えるので意外とサバサバしているのかしら。だとしたら本当にブラウスの染みなのかなぁ。
Posted by 鎌田章子 at 2017年02月14日 10:26
拙歌への丁寧なコメントありがとうございました。
「花粉の染み」にはあまり比喩的な意味を持たせずに詠みましたが、百合の花の清純なイメージとはうらはらなあくの強さ(香りの強烈さなど)に、したたかな女性の姿をつねづね重ね合わせて感じているので、その意識が表出したかもしれません。
Posted by 冨樫由美子 at 2017年02月28日 15:44
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