この記事へのコメント
>異界から春は来ているたとえれば白い水には映らぬさくら
雰囲気があってとても素敵なのですが(特に上句にうっとりします)、気になるのは「白い水」が何か、ということです。異界から来る春の比喩なのですから白い水はこの世のものではなくて、さくらはそこには映らない。水は無色透明なので、色付きであるということで異界の象徴としたのでしょうか?
作者の方にぜひ作意を伺ってみたいなと感じた歌でした。
Posted by 桃生苑子 at 2017年02月09日 21:20
初句の「異界から」の入り方が固いのと、ここで答えを出してしまった印象がある。
試しに、初句5音が無くても一首に異様感があり、下句の「白い水には映らぬさくら」は秀逸。
Posted by たかだ牛道 at 2017年02月12日 22:17
こんな幻想的な歌が作れたらいいなあ、という一首でした。春という、ある意味特別な季節は、確かに「異界」から来ていそうです。
「白い水」は、花曇りの白っぽい空を映した水たまりのイメージで読みました。空の色と混ざって桜もはっきり映らないような。春を象徴する桜は異界から来ているので、ぼんやりとしか映らない、というのは絵としても想像できます。
細かいですが、「たとえれば」の「え」の音が少し強くてひっかかります。自分なら「たとうれば」にしたいところですが、口語で統一すると「え」の方が正しいのでしょうか。
Posted by 亀尾美香 at 2017年02月13日 17:48
歌意は十分に理解できたかわかりませんが、一読、春のあやうさを魅力に表現した良い歌に感じました。
「白い水」はそのまま実景とすれば、雪解けの水かなと思います。春の晴れた日に雪解けのやや白みがかった水が流れる小川を見たことがあります。雪に溶け込んだ微粒子が乱反射しているそうです。ただ、詮索するのも野暮かなとも感じました。
Posted by 竹田正史 at 2017年02月16日 20:10
一読惹かれるものがあるのですが、よく読むと分からなくなってくる歌です。「異界から春はきている」と「白い水には映らぬさくら」はそれぞれ単独では理解可能かつ魅力的なフレーズです。ただ、この二つを「たとえれば」という言葉によって接続されると途端に分からなくなります。その分からなさが魅力とも言えるのですが、一首は前半と後半で分離しているようにも思えます。
Posted by 鈴木秋馬 at 2017年02月25日 02:31
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