この記事へのコメント
白という色から冷たいイメージを出し酪農家の朝を描いた、まとまった一首だと思います。牛乳は冷たいのかなあ。これは作者の方に聞きたいですね。
Posted by ふゆのゆふ at 2017年02月08日 11:22
「牛乳は冷たいのかなあ。」ふゆのさんと同じ(と思います)疑問を感じました。

「冬の朝」までは、牧場の風景が眼前に広がるようで没入していました。
あまり感情の読み取れない牛たちの吐く息が白くて、牛たちも寒いんだな、同じ空気の中にいるんだな、というのが伝わってきて良かったです。

「つめたきままに」で、かじかんだ手のことかな、と思って読み進めたら「牛乳」だったので、エッ?!と……。
搾りたてで温かいのかと思ったら、冷蔵庫から出てきたもののようだったので驚いたという感じです。
実際は、殺菌(?)後は冷たいのかもしれませんが。

屋外の作業後の、冷えたままの体で…というつもりで「つめたきままに」と書かれたなら、ちょっとおかしいと思います。「つめたきまま」は「牛乳」だと読めます。
Posted by 砺波 湊 at 2017年02月08日 14:55
乳牛(ちちうし)の吐く息しろき冬の朝つめたきままに牛乳を飲む

寒い冬の酪農家の情景がよく表現されています。
作中主体が搾りたての牛乳をそのまま飲まれた事を詠われていると
読めますが、「つめたきままに」は、前評者の方々と同じく読みが混乱しますね。
しぼりたての生乳は冷却した牛乳よりあたたかいはずと読者は思うでしょう。
 乳搾りを素手で体験した時のあの温かな感動を短歌的抒情で読もうとすると
ギャップがある。

牧場では、搾乳された生乳は、そのまま飲めなかったですね。(殺菌してからしか
飲めないのでは。)酪農家ではありえると読者は思うのです。
冷却保存され低温殺菌でも確か120°から150°Cで加熱し冷却されるらしい。
そういう事をふまえて事実を詠われているのですが、やや説明的になり損をしています。

Posted by 西五辻芳子 at 2017年02月09日 17:09
作者の伊波です。
ふゆのさん、砺波さん、西五辻さん、
コメントありがとうございました。

冬でも毎朝、温めずに冷たいまま牛乳を飲んでいるのですが、
家の中にいても自分の吐く息が白いのを見た時に、
乳牛が白い息を吐いている情景が心に浮かんできました。

初句から2句は、3句の「冬の朝」を導く序詞(じょことば)
としての働きを意図してつくった歌だったのですが、皆さんに
「酪農家の情景」を詠んだ歌とストレートに解釈されてしまったのは、
一般家庭で牛乳を飲んでいるという具体が
下の句で表現できていなかったからかなと思いました。
 
Posted by 伊波虎英 at 2017年02月26日 23:48
自註を聞いて、やっぱり《冷蔵庫感》ありますよね、と思いました(笑)。

特に記述がない場合は、作者=歌の主人公の体験として読むと思います。そのため、
「作者=歌の主人公」の目に「乳牛(ちちうし)の吐く息しろき」という光景が映り、
「作者=歌の主人公」が「つめたきままに牛乳を飲」んだのだろうと読みました。

前半と後半を入れ替えて、先に「つめたきままに牛乳を飲む」を持ってきて、
後から「乳牛の吐く息しろき(=きっと白いだろう/白いんじゃないかな)冬の朝」
となっていたら、作者=歌の主人公が酪農家とか牧場体験に来ている…という
読みにはならなかったかな、と思いました。
Posted by 砺波 湊 at 2017年02月27日 15:30
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