この記事へのコメント
義理チョコの世界しか知らない身にとって、この一首は眩しい。
バレンタインのチョコレイトには「告白」という意味も含まれていたのか、と今ごろ思う。
私の過去に、このような純情な人は女性でまわりにいただろうか。
そういえば、昔はバレンタインなどいう日はなかったように思う。
また、そもそも内気な乙女なぞ皆無であった。

五句の八音も気にならない。青春のノスタルジアをかもす一首と思いました。

以上、ほんとうに正直な「独白」です。
Posted by かわすみさとる at 2017年02月13日 18:40
可愛らしい歌でした。
修辞をことさら塗るわけではない素朴な歌いぶりが、歌意と合っていて、素敵な歌だと思います。

作者の微笑ましさへの共感から、もう十分に歌の良さが味わえるので、あんまり細かく分析する歌でもないとは思いますが、それでも、少し詳しく読むと…。

A音の頭韻に調べの良さがあります。「バレンタイン」「あつた」「あのころ」「私」。すっと読めて気持ちがいいです。
結句の「に」の言いさし評価は分かれるかもしれないと思いました。私は、そんなにひっかかりませんでしたが、どうでしょうか。
あと、「きつと」が歌の意味からすると緩いかもしれませんが、これも「あつた」と「きつと」が呼応していて、響きがいいので、そのままでいいと思いました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2017年02月14日 21:04
バレンタインあつたとしてもあのころの私はきつと告白できずに

今日はバレンタインデーですね。聖バレンタインに敬意を表してこのお歌を
選びますね。

歌の細部のつくりもしっかりしていて初々しく一読ほほえましく好感を
もちました。
ほほえましいところは、バレンタインデーがなかった頃に青春時代をすごした
というところです。
 バレンタインデーにチョコレートを渡して好きな人に告白できるようになったのは
どの位前かなあと、すべての読者をタイムラグさせることなく引きこむ力がある。
結句の字余りも余韻があっていいですね。
 一つだけですが、季語として定着した言葉はしっかりバレンタインデーとすべき
でしょう。五音でおさまりますよ。
 さて、このお歌の手柄は、お題の「白」が告白にあるところです。

Posted by 西五辻芳子 at 2017年02月15日 00:21
西五辻さんのご意見の

>バレンタインデーとすべきでしょう。五音でおさまりますよ。

ですが、
「五音でおさまる」というご意見はちょっと不正確だと思います。
基本的な知識は省略されての発言かもしれませんが、一応言わせてください。

撥音(「ん」のこと)は一音に数えるというのが短歌・俳句の基本だと思います。

たとえば正木ゆう子さんの句
「林檎投ぐ男の中の少年へ」「トンネルの両端の十三夜かな」の初句はどちらも
「り/ん/ご/な/ぐ」「ト/ン/ネ/ル/の」と五音の定型です。
ここが五音だからキマってる(=格好いい、の意味です)のだと感じます。

長音(長く伸ばす音・バーの「ー」の部分)も一音と数えますので、
「バレンタインデー」は八音です。
ですが、わたしの感覚では「バレン」「タイン」の部分がリズミカルなので
ふつうの八音よりも軽やかに発音できて、感覚的にも八音より短く感じられます。

……ということを西五辻さんも仰っているのかもしれませんが、念のために書き込みました。
揚げ足取りみたいですみません。

それから、9番の歌については
「バレンタインあつたとしても」でも意味は通じるとは思いますが、舌足らずに感じますし
「バレンタイン」の時点で六音で、すでに字余りなのでどうせなら
「バレンタインデーがあったとしても」とちゃんと言ったほうが良いように思いました。
Posted by 砺波 湊 at 2017年02月20日 15:52
バレンタインあつたとしてもあのころの私はきつと告白できずに

歳時記を見ると「バレンタインの日」となっていて聖バレンタインとは
区別がつくようになっています。「バレンタインのチョコレート」や
「愛の日」や「愛のチョコ」の表記もありました。
「階段を上り下りする遊び」のように音数は数えません。
チョコレートは、CHI YO KO RE I TO 6音ではないでしょう。
同じくVA RE N TA I N DE Iって普段言わない。音数は何度も出来上がった
作品を音読してリズムがうまくおさまればいいわけです。 
英語は音符に連音があるように数えている。       
ほぼ自由に作歌してきましたが、自分なりの律が一首や一句にあればいいのではないでしょうか。また読み手はおさまるように読む醍醐味もあるわけです。
英語の場合はアクセントもあるし、一音が四分音符じゃないからね。
連音が多いから自分の感覚で全体の律をおさめられたらベストと思っています。

角川大歳時記には
バレンタインデー艶福にして子煩悩     澤田緑生
バレンタインデー積もらぬ雪の振りにけり  角川春樹
バレンタインデー傷つけて鍋磨きあぐ    寺井谷子
バレンタインデー愛のかけらを貰ひけり   安居正浩
上記のように句跨りでなく上五に「バレンタインデー」からはじまる例句がありました。
バレンタインだけの句では、
傷光るバレンタインの日の崖も       坪内稔典
があり上記は、意味のうえからも上手くおさまっています。
Posted by 西五辻芳子 at 2017年02月20日 21:49
お題をうまく詠み込んでいて工夫の見える歌ですね。
結句は、「告白できぬ」と言い切ったほうが良いと思いました。
Posted by 伊波虎英 at 2017年02月22日 17:21
かわすみさん、桑原さん、西五辻さん、砺波さん、伊波さん、コメントをありがとうございました。
多くの方が書いてくださったように初句は「バレンタインデー」の方がよいですね。
「バレンタイン」でも6文字と思っていましたが「バレンタインデー」にしてもあまり気になりませんでした。

今では信じてもらえませんが、高校時代まで私は告白どころか人前で話ができないくらい内気でした。
バレンタインがはやりだしてからもしあの頃あったとしてやっぱり告白できなかっただろうと思いつつ、バレンタインデーにはやり残したような甘酸っぱい思いに浸るのです。
Posted by 海野 雪 at 2017年02月27日 08:52
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