この記事へのコメント
味わうといろいろと面白く考えています。
上の句はある観念的思想の表明であり、下の句はそれに呼応する現実の描写だと読めます。この歌の眼目は下の句に持ってきた「ちくわの白き天麩羅」、その取り合わせの妙です。自分もたまに行く丸亀製麺で長く大きな竹輪の天ぷらを取ります。おいしいです。
さて上の句は「好かれている」側からの表明と読めます。自分が好きな人に好かれていればいいんだ、と。対して、下の句で好かれているのは選ばれた「ちくわの白き天麩羅」です。選んでいるのは「食む」人です。そうすると、振り返って、上の句はちくわが言っているような位置関係になると言えます。読み手によっては構成に瑕疵があるとの指摘も出るかもしれませんが、自分はこのあたりの主客の捻れが頭に引っかかって面白い。まるでちくわが呟いているようです。
いや、逆に、敢えて言えば、食べる人がちくわの天麩羅という独特だが卑小な存在に向かって、”お前の存在意義は俺が好いているという事だけで十分なんだ、それでいいだろう”とでもいいたいような「食む」人の傲岸さともとれるかもしれない。そんな風に、捻くれて解釈したりもしてみます。
他の皆さんはどう思われるでしょうか。興味あります。
Posted by 安野文麿 at 2017年02月10日 08:43
奇をてらうことなく真っ直ぐな表現で、ほんとうにその通りだとしみじみ納得させられます。
イメージばかりが先行してしまいそうなほどストレートな上の句の表現を「食む」という身体性のある言葉が上手く受けとめていて、観念だけに終わらない腑に落ちる歌になっているように思います。
二人で食事をしているシーンを思い浮かべながら読むと、自分にいいきかせているようにも読めて、日々の生活感が感じられます。
Posted by 葉山健介 at 2017年02月10日 22:33
安野さん、葉山さん、お二人の解読でこの歌が断然面白くなりました。「なんだろうなこの歌?」と思っていたのが、お二人とも説得力があり、「なるほど・・」と感心しきりです。丸亀製麺のちくわの天麩羅なのか、かわいらしいカップルの食卓なのか、悩ましいところです。
Posted by さとう ひろこ at 2017年02月11日 18:16
ちくわのてんぷらは白いかなあ、と疑問を感じますが、面白い歌です。

作者はちょっと人間関係上の鬱屈があるのです、セルフうどんか、弁当か知りませんがちくわ天の入っているものを食べます。

好かれる人に好かれていればいいんだ、と言い聞かせながら。

これは唐突な読みなので、副次的に、ととどめておきますがちくわ天の気持ちかもしれません。

Posted by ふゆのゆふ at 2017年02月12日 11:08
思い切りのよい言挙げの上句に魅かれました。下句はどういう関連なのかな、と思いますが、エビなどのりっぱな天ぷらでない、庶民的なちくわというのがいいですね。でも好きな人はきっと大好きでしょうから。

このような手法、嵌るとおもしろい歌になりますね。
Posted by 岡本はな at 2017年02月12日 21:41
「好きなひとに好かれていればそれでいい」
わたしは「好きなひと」とは誰かという根本的なところでひっかかってしまいました。
「私には好きな人がいて、その好きな人も私のことを好きでいてくれる。私が好きな人に好かれて相思相愛だから他の人に好かれなくてもそれでいい」というお歌なのか、「私のことを好きでいてくれる人がいるが私はその人のことが好きではない。私が好きな人は私のことを好きではいてくれない。なかなかうまくいかないが、私のことを好きでいてくれる人がいて、万人に好かれていないわけではないからそれでいい」なのか。
ちくわの天ぷらというのがなんだか屈折している気がして後者かなとも思いましたが、前者の人が二人でちくわの天ぷらを食べていてもそれはそれで納得できる気がして、私のなかでは読みが揺れているところです。
Posted by 津和 歌子 at 2017年02月12日 22:50
好意的なご意見が多いようですが、作者の意図がよく分からなかった歌です。上句に対する下句の必然性、ここでなぜ「ちくわの天ぷら」なのでしょうか。
「好きなひとに好かれていればそれでいい」は、そのまま「嫌いな人には嫌われていい」の意にとれます。人間関係に悩んでいなければ、こういう言い方はしないと思うので。ならば美味しいちくわでなく、苦いものか辛いものが来てほしいところです。
ちくわの天ぷらは白なのか?ということも含め、苦い思いをしているなら、なぜちくわを食べるのかが分からない部分でした。
Posted by 亀尾美香 at 2017年02月14日 12:23
コメントの集まっている歌で、異なった読み方を提示するのは、少し臆しもしますが、一読後から、この歌には一つ解釈をしていたので、お話します。
まず断定しますが、私なりの解では、初句の「好きな人」とは作者であり、白き「ちくわの天麩羅」を好む人たちなんですね。したがって、上の句は「ちくわの天麩羅」に対する語りかけ、なんだろうと、私は最初から思っていました。「海老の天麩羅」も「ちくわの天麩羅」も同じ天麩羅で上下はないと私は思いますが、作者はどうやら平生そう考えていないようです。その点、岡本はなさんの解は近いですが、いっかく下に「ちくわ」を見ているのでしょう。値段も安いのかな。まあ、「ちくわ」に対して相思相愛の感情を抱くことは、世の中は広いですから、ないとは言えませんが、この歌にかぎっては、「ちくわ」愛好家は作者だけではない。
もっとも、作者の庶民派というか、「ちくわの天麩羅」に対する連帯感は伝わって来ますが、ね。
Posted by かわすみさとる at 2017年02月17日 10:51
私はちくわの天ぷらを知らずに大人になり、結婚してはじめてその存在を知りました。
夫はちくわの天ぷらで育ち、いまもこよなくちくわの天ぷらを好んでおります。
私は自ら選ぶほどちくわの天ぷらに馴染みがなく、「どうしてちくわの天ぷらなの???」という疑問をついつい抱いてしまうので、夫の長い講釈を聞く羽目になったりしています。
そういう事情もあって、この歌を「いいもん、私は好きなんだから」とちくわの天ぷらを食べる、という場面を想像しながらよみました。
かわいい作者のつぶやきに楽しい気持ちになりました。

Posted by 蒼あざみ at 2017年02月20日 16:32
生きていれば人間関係などいろいろ嫌なこともあるけれど、
私には相思相愛の人がいるからそれでいいんだと、そんな歌と解釈しました。
なので下句には、作中主体の好物だけど一般的には好き嫌いの別れる
食べ物が詠み込まれていれば、読み手としてはすとんとくるのですが、
ちくわの天ぷらは、うどん屋でも結構人気があるので共感できませんでした。
そもそも、「ちくわの白き天麩羅」の「白き」というのがよくわかりません。
ちくわぶの天ぷらのこと? それなら関西人の僕は共感できますが……。
お題からは外れますが、パクチーなど癖のある食べ物をもってくれば
良い歌になったのになと思ったので、下句の意図をぜひ作者に伺ってみたいです。
Posted by 伊波虎英 at 2017年02月22日 17:20
多くの人に好かれるよりも、少数のよき人間関係を築きたい、という主体の感慨が、ちくわのやわらかな歯ごたえにあっているようです。相聞というよりは友人関係の歌かなと思いました。わたしは、素材の強い食材よりも「ちくわの白き」が効いているのではないかと感じました。
Posted by 太田青磁 at 2017年02月24日 18:27
事後報告で済みません。
H29.2.26にTwitterで「短詩の風」という催し物があり、ちょうど自分でちくわの天麩羅を揚げたこともあって、この歌が好きすぎて、本歌をもとにした歌を詠んでしまいました。今思えば本歌取り以上にあまりにもそのままで、申し訳ございません。お詫びがてら、ここにも載せて、本歌の作者様にご容赦願いたく存じます。但し、自分で揚げてみてちくわの天麩羅は白くはなくて茶色っぽい色でした。粉や油の状態、温度にもよると思うのですが。そんな気持ちを少し込めました。有難うございました。

 春風に好きなことだけしていくよ白きちくわの天麩羅さがし/安野文麿 #短詩の風 (twitter@hiromtnk 2月26日) 
Posted by 安野文麿 at 2017年03月01日 21:28
 
作者の鑓水青子です。たくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。

>安野文麿さん
いろいろと面白く考えてくださって、ありがとうございます。作者冥利に尽きます。本歌取りも、とてもうれしいです(安野さんの白ちくわ歌も楽しませていただきました!)。

>葉山健介さん
納得してくださいましたか、そうですか、ありがとうございます。この一首から生活を感じ取っていただけたなら、本当にうれしいです。ストレートに作ったので、ストレートに読んでいただくのはありがたいです。

>さとうひろこさん
丸亀製麺って、ちくわの天麩羅が有名なのですね。入ったことはないのですが近所に2店舗あるので、行ってみます!

>ふゆのゆふさん
ちくわの天麩羅が白いかどうかは、微妙なところですよね。私も作りながらそう思っていました(題が「白」なので、むりやりな感じではめてしまいました)。ともあれ、人間関係上の鬱屈を感じ取っていただけたなら、うれしいです。

>岡本はなさん
上句を気に入っていただけて、うれしいです。ここがいちばん言いたかったことなので。ありがとうございます。

>津和歌子さん
揺れながら読んでくださっているのですね。申し訳ないことです。明かしてしまうと、「嫌われ者の私だけれど、好きなひとにさえ好かれていればその他大勢にはどんなに嫌われたってかまわない」という気持ちで作りました。

>亀尾美香さん
自分の意図をうまく歌にのせることができませんでした。次はもう少しうまく作りたいと思います。それでも読んでくださって、コメントをくださって、ありがとうございます。こころより感謝します。

>かわすみさとるさん
「ちくわの天麩羅」に対する語りかけとは、面白い解です。そんなふうに読んでいただけるのも、作者としてはうれしいものです。ちくわと相思相愛になれたら素敵ですね!

>蒼あざみさん
かわいらしい解釈をしてくださって、ありがとうございます。メルヘンチックな世界ですね。「いいなー」と思いながらコメントを読ませていただきました。

>伊波虎英さん
なるほど、と思います。下句に「ちくわの天麩羅」を持ってきたのは、実際そのとき食べていたからです。「嫌われ者の私だけれど、好きなひとに好かれていればほかのひとには嫌われたってかまわない」と思いながら食べていました。

>太田青磁さん
素直に好意的に読んでくださって、ありがとうございます。私の気持ちにいちばん近い読みをしていただきました。救われます。

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みなさま、本当にありがとうございます。みなさんからいただいた言葉を励みに、今後も作歌をつづけてゆきたいと思います。
 
Posted by 鑓水青子 at 2017年03月02日 10:21
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