この記事へのコメント
これも回想の一首である。
「吉野家」と「回転ずし」、大卒後、社会人となった往時、この二つは敷居のハードルの高いものだった。食に関して奥手であった私は、「回転ずし」は上司に引導された。
「吉野家」は、大分経て柏市に営業のおり、ひとりで店に入った。もちろん、単品で美味かった。
この一首、「嗚呼、あの春の夜」と回想するのは私のように、一人であったからではあるまい。異性と席を並べた春の夜と思う(これは憶測)。
時勢に負けて吉野家もメニューを多くしたのであろうが、単品の吉野家を知るゆえ作者の驚きはよく分かる(吉野家には数度行ったきりだが)懐かしい一首である。
Posted by かわすみさとる at 2017年05月12日 21:21
「時勢に負けて吉野家もメニューを多くしたのであろうが、
単品の吉野家を知るゆえ作者の驚きはよく分かる」
というのは、かわすみさんの読みの通りだと思います。

それを下句で、「ああ、あの春の夜の吉野家」と
大仰に詠嘆したことで、ユーモアと
奇妙に明るい雰囲気が醸し出されています。
全体を「の」でつないでいることや、下句にA音が
多用されるリズムも工夫されていて、
一首の雰囲気に重要な役割を果たしています。
Posted by 生沼義朗 at 2017年05月19日 12:49
風俗詠として、吉野家をどう記号化するかということなのだと思います。
つまり、歌に「吉野家」を入れることで、読者に共通のイメージが結べれば、歌としては成立するであろうと。
そういう意味では、うまくいったかなと思いました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2017年05月22日 21:09
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