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庭すみのさくら大木の億の花は咲き満ちゆけりひと日さやぎて

一読解らぬ歌、すなわち読み手にとって難解歌を理解しようと、何か背後に比喩があると考え、模索する愚は避けたいが、この歌の分からなさは一人わたしだけのものだろうか。
まず、「さくら大木」の読みは、オオキかタイボクか。また、「億の花」は「咲き満ちゆけり」とは単に桜大樹の満開の状況を指しているのか。
「ひと日さやぎて」とは、終日何が騒いだのか、風か人か、あるいは満開の桜の揺れうごく様子か。
初句の「庭すみの」も捉えがたい。さくら大木の植わる庭すみであるから広い庭園を指すのだろうが、像イメージがわたしの中で「億の花」にいたって結ばれない。自分の力不足の痛感は、今に始まったことではないが、このもどかしさ・痛痒感はなんとかしたい。
さらに助詞「の」三回目のギクシャク度は追い討ちをかける。
やはり、わたしの理解をこえたところに、この歌の何かが潜んで在るようだ。
初学者の陥る罠にはまったようだ。何とか理解したいのだが、その日を俟つより仕様がないのかもしれない。
Posted by かわすみさとる at 2017年05月14日 05:18
 そんなに深読みをする歌ではなく、そのまま読めばいい歌かと。かわすみさんの読みが皆さんの共通するところだろうと思います。「ひと日さやぎて」は、桜の木が一日さやいでいると私は読みましたが、違う読みも許容されるでしょう。
 すみにありながら億の花を咲かすとは、なかなかアンバランスな描写で、そこがこの歌の面白さと思いました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2017年05月19日 22:49
かわすみさん、桑原さんありがとうございました。0票の歌にもかかわらず、丁寧に評していただき感謝します。
桑原さんの評がほぼ作者の気持ちに当たっていますが、伝わらなかったこと反省しています。
Posted by 永井秀幸 at 2017年05月26日 16:36
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