この記事へのコメント
砂浜に立って目を閉じていたら波が寄せてきて足元の砂が崩れ、足元は海の中に入ってしまったことだろうと思います。
撮ろうかと気になったのですが、下の句の句跨りが声に出して読もうとすると読みづらくて中途半端に感じたのと、「とぢたら」とあるので旧仮名の方だと思うのですが、「くずれる」は旧仮名では「くづれる」ではないかと気になり、取るのを諦めました。
ちょっとした経験を読んでおられて面白いと思ったのですが。
Posted by 鎌田章子 at 2017年08月10日 08:50
目をとぢたらつちふまずの底の砂がくずれてたちまち海びたし

31音であるが、かなりの破調である。6.6.6.8.5.あるいは6.6.6.4.9.
目をとぢないが、海水浴でよく経験する素材である。
「海びたし」が絶妙で、これ以外の表現ではうまくいかない気がする。
上手が下手のふりをする「ヘタウマ」かとも思ったが、「ウマウマ」かも知れない。
Posted by たかだ牛道 at 2017年08月12日 10:29
>目をとぢたらつちふまずの底の砂がくずれてたちまち海びたし

 たかだ牛道さんがお書きのように、律が定型をはみ出しているのに、全体として31音になっている辺りが面白い。
 このリズムは、若い方の歌によくみられるように思うのですが、5・7・5・7・7 の律に慣れたものには、妙に新鮮です。若い方の破調では、一般的には句割れ・句またがりが多くて、全体として31音になる、という歌が多いのですが、この歌の場合は、6・6・6・8・5 でユニークです。つい定型で読もうとすると読みにくいのですが、6・6・6 あたりが、波の打ち寄せるリズムのようで、それが8音で崩れてどっときて、5音でどっと押し寄せて、って感じ。
 結句が、水ではなく「海びたし」もきまっている。足の裏がむずがゆくなる感じ。でもそこは海。
Posted by 弘井文子 at 2017年08月14日 10:29
律感が議論になっていますが、私も、肯定的にとりました。いいと思いました。
結句の「海びたし」も人をくったようなおさめ方で、面白く鑑賞しました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2017年08月27日 15:18
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