この記事へのコメント
同じポスターが何枚も続けて貼られている駅の通路が目に浮かびます。海に近い駅で、通路の延長線上に海があるのでしょうか。古くて暗い通路で、ポスターの花火の鮮やかな色が浮き上がって見えるのかもしれません。
長岡の花火を見たことがありませんが、海に近い場所で揚げるのでしょうか。「長岡の花火」が「海」を連想させるのなら、ポスターが「海」にまで続く意味がより分かりますね。
「花火」が効いていて、夏らしい一首です。
Posted by 亀尾美香 at 2017年08月12日 18:13
長岡の花火をテレビで見ました。1946年から長岡空襲の犠牲者を悼んで行われてきたとか。この番組を見て長岡の花火を思う作者の気持ちを感じるべきだったなと反省しています。

長岡駅には一度だけ行ったことがあり、とても広い駅だった印象があります。この駅に長岡花火のポスターがずらりと並んだら壮観でしょうね。七月の柏崎、九月の小千谷片貝の花火と越後の夏を彩る花火は海側から続くのですが、ポスターは逆に海に向かっていく。
もしかしたら、長岡駅に貼られたポスターではないのかもしれませんが、広い長岡駅に貼られたポスターと読んでもいいかなと思いました。
Posted by 鎌田章子 at 2017年08月16日 11:23
母の実家が新潟の小国で長岡の花火を見ているので、この歌につよい関心を持ちました。
小国には二度三度、幼稚園、小学校と夏休みを母の実家で過ごしましたが、とうじ上越線で行くしか方法がなく、ループ式の清水トンネルの入口になると、窓を閉めさせられたことなど覚えています。
前の評者の亀尾さんや鎌田さん、とくに鎌田さんの評に出てくる柏崎や小千谷は、懐かしい町です。海側が柏崎、山側が小千谷で小国は挟まれているかたち。長岡は小千谷の北に位置しています。(現在、小国は長岡市です)。
この方向感覚がまずあるので、花火のポスターという字句が間に入ると、私には何が「海にまで続いてゆくのか」が解らなくなります。
長岡の花火は山側にしかも北にあるので、「海にまで続いてゆく」のは川(信濃川)か、あるいは鉄路(上越線か上越新幹線)であって、花火のポスターではないのではないか、と思うです。

おそらく、私の感覚が間違っているのでしょうが、懐かしいだけに、奥歯にものが挟まったようで、落ち着かないのです。
Posted by かわすみさとる at 2017年08月18日 06:54
海にまで続いてゆくのか長岡の花火のポスター駅に貼られて

越後の三大花火といえば「海の柏崎」「川の長岡」「山の片貝」です。

どちらの駅か書かれていないのですが、初めて訪れ何の情報もなく

作者は今どきの携帯電話の位置情報サービスを使って

海にむかっているのでしょうか。

かなりの数の信濃川河川敷で行われる長岡の花火のポスターが駅に貼られて

海にまで続いていきそうだと驚いているのです。

長岡の花火は第二次世界大戦の慰霊と復興と平和への祈りをこめ始まったそうです。

戦後70年平和を祈念して真珠湾で長岡花火大会がおこなわれたことを

作者は知らないかもしれませんがこういう歌の力は、素直に詠んだ時に

時々スパークしておこり熟練した歌人をうならせることになります。

飄々とすべて受け止め「海」の題詠で平和を祈念して詠われているのかも

しれませんが、長岡市だと、例えばJR越後線「寺泊」ぐらいだと海まで

歩けそうですが、作者名発表後のコメントを楽しみにしています。
Posted by 西五辻芳子 at 2017年08月18日 11:48
長岡の花火大会は海沿いではなく、川沿いに打ち上げられるのですね。壮大な花火の様子と歌から海岸に近い駅なのかと勘違いしておりました。柏崎の花火は海岸沿いなのですね。

なんらかの省略があるのか、大きく地域を捉えているのかまでは読み解けなかったのですが、情景が鮮やかなだけに、さわやかなイメージで読んでしまいました。
Posted by 太田青磁 at 2017年08月23日 12:44
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