この記事へのコメント
 上句と下句のつながりが読めませんでした。
 二句目の「我はヨットか」(この「か」は詠嘆なんでしょうけど)、これに「青嵐」が接続されると、下句へ続いていかない。
 つまり、短歌としての読み(上句だけなら、俳句的な読みが成立するのでしょう)が、私にはできませんでした。
 下句に君が出てきて、どんな意思かは謎ですが、そこそこ広がりのある構成になって、そこは面白いとおもいましたが。
Posted by 桑原憂太郎 at 2017年08月13日 20:46
三句「青嵐」が気になりました。どうしようもなく俳句大好き人間の某元(勇退なされている)代議士の青嵐会がまず心にとまるのです。
むろん読みは、「あをあらし」でしょうが、私などはこの文字は高崎市塚沢の青嵐会館を直思い浮かべます。一首の味読にこうした個的偏見は良くないとは十分承知していますが(いま思い返せば二階建の階段の板の黒光りは懐かしい)。
この一首はこれ(青嵐のニ字)を除けば、私には良く解る歌でした。前の評の桑原さんのようには思いませんでした。
我が身体は一艇のヨットか、大海原の夏風を、わが帆に我が心に貴女の心をそえつ、いっぱい受けて、いざ漕ぎいでなむと、かように読みました。
Posted by かわすみさとる at 2017年08月14日 11:23
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