スマートフォン専用ページを表示
短歌人ネット歌会場
短歌人会の公式なネット歌会会場です。
閲覧はどなたさまもできますが、出詠およびコメントは短歌人のメンバーのみに限定させて戴きます。
<<
第32回ネット歌会詠草/4
|
TOP
|
第32回ネット歌会詠草/2
>>
2017年08月02日
第32回ネット歌会詠草/3
夏の海に我はヨットか青嵐 帆にいっぱいの君の意思受け
【選歌集計結果=0票】
【投票者=なし】
【関連する記事】
第32回短歌人ネット歌会作者名発表
第32回ネット歌会参加者一覧
第32回短歌人ネット歌会詠草一覧
第32回ネット歌会詠草/1
第32回ネット歌会詠草/2
第32回ネット歌会詠草/4
第32回ネット歌会詠草/5
第32回ネット歌会詠草/6
第32回ネット歌会詠草/7
第32回ネット歌会詠草/8
第32回ネット歌会詠草/9
第32回ネット歌会詠草/10
第32回ネット歌会詠草/11
第32回ネット歌会詠草/12
第32回ネット歌会詠草/13
第32回ネット歌会詠草/14
第32回ネット歌会詠草/15
第32回ネット歌会詠草/16
第32回ネット歌会詠草/17
第32回ネット歌会詠草/18
posted by 短歌人会 at 00:27|
Comment(2)
|
第32回歌会
|
|
この記事へのコメント
上句と下句のつながりが読めませんでした。
二句目の「我はヨットか」(この「か」は詠嘆なんでしょうけど)、これに「青嵐」が接続されると、下句へ続いていかない。
つまり、短歌としての読み(上句だけなら、俳句的な読みが成立するのでしょう)が、私にはできませんでした。
下句に君が出てきて、どんな意思かは謎ですが、そこそこ広がりのある構成になって、そこは面白いとおもいましたが。
Posted by
桑原憂太郎
at 2017年08月13日 20:46
三句「青嵐」が気になりました。どうしようもなく俳句大好き人間の某元(勇退なされている)代議士の青嵐会がまず心にとまるのです。
むろん読みは、「あをあらし」でしょうが、私などはこの文字は高崎市塚沢の青嵐会館を直思い浮かべます。一首の味読にこうした個的偏見は良くないとは十分承知していますが(いま思い返せば二階建の階段の板の黒光りは懐かしい)。
この一首はこれ(青嵐のニ字)を除けば、私には良く解る歌でした。前の評の桑原さんのようには思いませんでした。
我が身体は一艇のヨットか、大海原の夏風を、わが帆に我が心に貴女の心をそえつ、いっぱい受けて、いざ漕ぎいでなむと、かように読みました。
Posted by かわすみさとる at 2017年08月14日 11:23
コメントを書く
お名前: [必須入力]
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント: [必須入力]
検索
<<
2019年12月
>>
日
月
火
水
木
金
土
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
最近のコメント
第40回ネット歌会詠草/24
⇒ 川上幸子 (12/10)
⇒ 肥塚しゅう (11/17)
⇒ 斎藤 寛 (11/17)
第40回ネット歌会詠草/17
⇒ 馬淵のり子 (12/09)
⇒ 鎌田章子 (12/09)
⇒ 加藤隆枝 (12/08)
⇒ 馬淵のり子 (12/07)
⇒ 津和 歌子 (11/23)
⇒ 鎌田章子 (11/21)
⇒ 瑞坂菜 (11/16)
第40回ネット歌会詠草/16
⇒ 肥塚しゅう (12/09)
⇒ 庭鳥 (11/20)
第40回ネット歌会詠草/9
⇒ 山中 もとひ (12/09)
⇒ 笹渕静香 (12/01)
⇒ 津和 歌子 (11/23)
⇒ 海野 雪 (11/16)
⇒ 庭鳥 (11/16)
⇒ 瑞坂菜 (11/16)
第40回ネット歌会詠草/22
⇒ 加藤隆枝 (12/08)
⇒ 木村昌資 (11/27)
⇒ たかだ牛道 (11/18)
第40回ネット歌会詠草/25
⇒ 加藤隆枝 (12/08)
⇒ 鎌田章子 (11/21)
⇒ 斎藤 寛 (11/19)
⇒ たかだ牛道 (11/17)
⇒ たかだ牛道 (11/17)
第40回ネット歌会詠草/21
⇒ 津和 歌子 (12/08)
⇒ 馬淵のり子 (11/16)
第40回ネット歌会詠草/19
⇒ 鎌田章子 (12/07)
⇒ 斎藤 寛 (11/20)
⇒ たかだ牛道 (11/19)
⇒ 肥塚しゅう (11/17)
⇒ 斎藤 寛 (11/17)
⇒ 斎藤 寛 (11/17)
第40回ネット歌会詠草/7
⇒ 庭鳥 (12/07)
⇒ 加藤隆枝 (11/30)
⇒ 弘井文子 (11/16)
第40回ネット歌会詠草/14
⇒ 川上幸子 (12/07)
⇒ snowdrop (12/07)
⇒ 鎌田章子 (11/21)
⇒ 瑞坂菜 (11/16)
最近の記事
(01/01)
短歌人ネット歌会のお知らせ
(12/01)
第40回短歌人ネット歌会作者名発表
(11/02)
第40回ネット歌会参加者一覧
(11/02)
第40回短歌人ネット歌会詠草一覧
カテゴリ
日記
(0)
歌会告知
(5)
第1回歌会
(40)
お知らせ
(4)
第2回歌会
(32)
第3回歌会
(40)
第4回歌会
(48)
第5回歌会
(32)
第6回歌会
(33)
第7回歌会
(38)
第8回歌会
(35)
第9回歌会
(43)
第10回歌会
(36)
第11回歌会
(31)
第12回歌会
(31)
第13回歌会
(34)
第14回歌会
(32)
第15回歌会
(32)
第16回歌会
(30)
第17回歌会
(33)
過去ログ
2020年01月
(1)
2019年12月
(1)
2019年11月
(29)
2019年05月
(23)
2019年04月
(1)
2019年03月
(1)
2019年02月
(27)
2019年01月
(1)
2018年11月
(27)
2018年10月
(1)
2018年09月
(1)
2018年08月
(35)
2018年07月
(1)
2018年05月
(34)
2018年04月
(1)
2018年02月
(40)
2018年01月
(1)
2017年11月
(34)
2017年10月
(1)
2017年08月
(32)
二句目の「我はヨットか」(この「か」は詠嘆なんでしょうけど)、これに「青嵐」が接続されると、下句へ続いていかない。
つまり、短歌としての読み(上句だけなら、俳句的な読みが成立するのでしょう)が、私にはできませんでした。
下句に君が出てきて、どんな意思かは謎ですが、そこそこ広がりのある構成になって、そこは面白いとおもいましたが。
むろん読みは、「あをあらし」でしょうが、私などはこの文字は高崎市塚沢の青嵐会館を直思い浮かべます。一首の味読にこうした個的偏見は良くないとは十分承知していますが(いま思い返せば二階建の階段の板の黒光りは懐かしい)。
この一首はこれ(青嵐のニ字)を除けば、私には良く解る歌でした。前の評の桑原さんのようには思いませんでした。
我が身体は一艇のヨットか、大海原の夏風を、わが帆に我が心に貴女の心をそえつ、いっぱい受けて、いざ漕ぎいでなむと、かように読みました。