この記事へのコメント
結句「プラタナスさえ」から、プラタナスさえそうだ、ましてや人間は…、という含意がうかがえます。が、初句〜4句のさまを老いたる人間にあってはどのようにイメージすればよいのかが、いまひとつつかめませんでした。老い人の肌はかさついて皺も多くひび割れたりしていて、若かりし頃の美しい素肌と言えるようなものは見えないであろう、ぐらいに受け取ればよいのでしょうか。「プラタナスさえ」の「さえ」をやめて、老プラタナスのさまを詠んでいるのだが、一首全体が老い人のさまの暗喩としても読める、という作り方にできないだろうか、と思いました。
Posted by 斎藤 寛 at 2017年11月18日 07:47
人間よりはるかに長い時間を生きる木も年取って樹皮が変わってしまう。
まして人間は年取って皮膚が乾燥したり見た目も変わってしまうという歌意でしょうか。
作者が多くの木の中からプラタナスを選んだのは思い入れがある樹だからでしょうか?
プラタナスは確かに年数が経つと樹皮はひび割れますが、その後はがれてきて中のつるっとした皮が現れ、さるすべりの幹に似た感じになります。
それで人間の老いの比喩として持ってくるのはちょっと抵抗を感じました。
作者が目にしたプタタナスは樹皮が割れている状態だったのかな?
Posted by 海野 雪 at 2017年11月18日 11:18
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