この記事へのコメント
すずらんの形の外灯十基立つすずらん通りのさびれさびしむ

一読、意味明瞭な歌です。
さびれた通りに立つすずらんの花の形の外灯が見えてくるようでいい歌と思いました。
Posted by 永井秀幸 at 2017年11月10日 16:30
 韻律で持っていった歌で、これはこれで楽しいです。
「外灯」は、「街灯」、「街燈」のほうがあっているかも、と思いました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2017年11月11日 00:01
すずらんの街灯は昭和を彷彿とさせる遺物でしょうね。
昔はこの街灯が並んでいる場所がその町のメイン通りだったのでしょう。いつの間にか商店街は郊外に移っていき、すずらん通りは寂れていく。そんな時間の推移が見えていいなと思いました。
Posted by 鎌田章子 at 2017年11月11日 07:29
「すずらん通り」と言われて想起するのは、東京・神田の書店街の東京堂がある通りですが、この歌の場合は、先行評の方々の言われるように何処か地方都市の通りでしょう。「外灯」の表記については桑原さんのコメントに賛同します。

結句で「さびれさびしむ」とストレートに言ってしまったのがもったいないように思いました。評の定番みたいな言い方ですが、ストレートには言わずに、「さびれさびしむ」感が伝わるような描写を置かれた方が良かったのではないかと思います。
Posted by 斎藤 寛 at 2017年11月12日 07:04
すずらんの形の外灯十基立つすずらん通りのさびれさびしむ

すずらん通りは、全国に沢山あるようです。通りに街灯が十基立つだけの地方の小さな商店街の寂れを端的に詠われ好感をもつ歌ですね。サ音と濁音のひびきがきれいですね。
短歌は、読者に読みをゆだねるものですが、何度か音読すると結句はよく着地できていると思います。
外灯が誤変換されたところだけ残念でした。
Posted by 西五辻芳子 at 2017年11月22日 16:00
丁寧なコメントをありがとうございました。
実際に通りを歩いているときに口をついて出た歌で、歩きながら何度も口の中で転がすように口ずさみ、完成させた1首でした。
文字にしたとき何か違和感を感じていたのですが、そのまま投稿していました。
違和感の正体は、桑原さんのご指摘された点にありました。気持ちはまさに、「外灯」ではなく「街灯」でした。
Posted by 加藤隆枝 at 2017年11月29日 23:58
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