この記事へのコメント
このカメは外来種のミドリガメかかみつきカメでしょう。
ペットとして輸入されていたのが飼えなくなり捨てられて日本の各地で繁殖して在来種を圧迫して問題になっています。
それと移民が増えすぎてその国の労働者の仕事を奪っていると排斥運動が起きていることと重ね合わせています。
比喩は解るけれど亀たちは自分の意志で日本に来たのではないが、移民は自分の意志で来たという違いがあります。
似ているようで違うなぁという感想もあります。
移民たちも祖国に居られない事情があり渡ってきたので「棄民」と言えます。
捨てられた亀と重なるから作者はそこが言いたかったのかもしれません。
Posted by 海野 雪 at 2017年11月16日 08:55
この歌を読み、外来種の亀は移民と同じであろうかと、まず海野さんと同じく考えました。移民であれば、どんな排斥運動があろうとも移民としての正当な権利を認めなければなりません。過去には人も無理矢理連れて来られて労働力とされたことがありましたが、今では人として身に備わった人権としてネィティブと同等の権利が認められています。しかし外来種の亀は、在来の亀の生態系を無茶苦茶に破壊しています。
この歌の下の句「水辺に白く光る首筋」という文節に、作者はどのような気持・考えを持っているのでしょうか。そこが疑問に思います。
私の家の庭には、100匹以上の日本固有の在来種である石亀や大昔に朝鮮半島から渡来した草亀が繁殖しています。彼ら石亀と草亀はこの国土において共存して来ました。年ごとに生まれる小さな銭亀たちや草亀の子たちを私は見るたびに、彼らには日本のどこにも住む池川沼がないことを思い知らされます。これこそ、もうどうにもならない事実なのです。
下の句「水辺に白く光る首筋」に、本当に恐怖とどん底を覚えます。
Posted by かわすみさとる at 2017年11月16日 11:49
かわすみさんのコメントに同感です。
「白く光る首筋」が象徴的で怖いと思いました。
移民問題は、人権保護がからみ複雑で、悩んでいる国がたくさんあります。日本もそのような状況に近づいているのだ、というのが作者の気もちなのでしょうか。亀のように、水中に潜って気配を消しながら静かに生きている人たちがいる・・・下の句が余韻を残す作品だと思いました。
Posted by 柊慧 at 2017年11月17日 21:55
 前評の皆様のコメントを読んで、歌意はつかめるのですが、私はどうにも「水辺に」の配置がおかしいと思います。「亀たちの水辺に」はつながらないかと。なので、私はうまく鑑賞できませんでした。
Posted by 桑原憂太郎 at 2017年11月17日 23:30
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