この記事へのコメント
この歌は、「割かれるなら」と「おのずから」がOne setとなって、割愛(文字通り「愛を割く」)をイメージしていると思えてならなりませんでした。個人的イメージですが、柘榴の実の妖しい輝きは燃立つ愛を、ひいて渇愛を連想させると思います。「ルビーのはらわた」とはよく出来た表現であると思いました。
しかし上の句は、私ならば「いつの日か割かれるのなら」として「の」を重ね、一字空けて「おのずから……曝す」としたいところです。
本当は単純な内容であったとしても、この歌は私には割のリットウが刀に思えて、無慈悲な他力を連想させられました。とても良い歌だと思います。
Posted by かわすみさとる at 2017年11月16日 13:15
柘榴の強い意思が感じられます。敵の手にかかる前に自殺していった戦国女性のようです。
かわすみさんの上の句のご意見は、私も賛成です。逆に「おのずから」と「柘榴」の間の一字空けはいらないかなと思いました。
Posted by 津和 歌子 at 2017年11月23日 19:16
「ルビーのはらわた曝す」。私にとって発見です。この表現いただきます。とても写実的で勉強になりました。
Posted by 宇田川庄五 at 2017年11月24日 23:43
 「柘榴は『ルビーのはらわた』」はすぐれてy出来た表現であると思います。前の評者の仰る「とても写実的で勉強になりました」はよく分かるけれど、その文節中「私にとって発見です」前半はすなおでとてもいいですが、後半の「この表現いただきます」は ちょっといただけません。写実的で勉強になりますというなら、表現を剽窃すると取られぬように少し改めましょう。「この写実法(or表現法)いただきます」と。因みに柘榴の実をルビーに、またその割った姿を人の身にたとえる例は多いと思います。
Posted by かわすみさとる at 2017年11月25日 11:03
かわすみ氏へ

 いやぁ〜、びっくりしました。剽窃云々とは。聞き捨てならないです。
私が記述した「この表現いただきます。」は参考にさせて頂きます、くらいの気持ちで書いたのです。
 短歌史上に残る大御所歌人の歌を「本歌取り」するならいざしらず、いくらなんでも共に短歌を志す人の作品そのものズバリを盗用することなんて論外です。短歌をやっている者なら常識でしょう。それとも貴方は「本歌取り」を知らないのかな。下記に参考となる解説を記します。

 尚、貴方の書き込み内容は折角ネット短歌に自由に参加しようとする人の門戸を閉ざしかねない。参加する人の気持ちを萎縮させてしまう。批評内容には注意しましょう。

宇田川庄五

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
「剽窃」とは
他人の著作から,部分的に文章,語句,筋,思想などを盗み,自作の中に自分のものとして用いること。他人の作品をそっくりそのまま自分のものと偽る盗用とは異なる。元来,日本には「本歌取り」の伝統もあり,剽窃 (ひょうせつ) に対する罪悪感は希薄であったと考えられるが,最近は著作権に関する意識の高まりもあって,重視されるようになった。しかし,道義上はともかく,剽窃を法律的に判定することは依然として難しいのが実情である。
Posted by 宇田川庄五 at 2017年11月26日 22:33
宇田川さんへ ご主張の点 よく理解いたしました。 ただ、ほとんどが 誤解であることを申しそえます。あなたのおっしゃる わたしの書き込み文の前後のぶぶんを見てもらえれば すこしは分っていただけるかも知れません。あなたの真意は「とても写実的で勉強になりました」「私にとって発見です」という中に十分あらわれています。けっして、あなたのおっしゃる内容の意味で「剽窃」の語を わたしはもちいたわけではありません。しかし、と言っても あなたはさいごにあるいは警告の意味で ブリタニカの法的云々の文面をそえられたのでしょうから その怒りは余りあるものでしょう。わたしとしては、この誤解を招いたことに対して ただただお詫びするしかすべはありません、お詫びもうしあげます 申しわけありませんでした。
Posted by かわすみさとる at 2017年11月27日 04:31
かわすみ様

ご返事有難う御座いました。拙いところは多々あります。今後もお手柔らかに宜しくお願い致します。
Posted by 宇田川庄五 at 2017年11月28日 22:01
かわすみさん、津和さん、宇田川さん、評をいただきましてありがとうございます。
作者の私よりも深く鋭い解釈で、大変参考になります。
また「本歌取り」についても勉強になりました。

普段はバスで通り過ぎる道沿いに、大きな柘榴の木があり、毎年たくさんの実が生ることを知っていました。徒歩で訪れてみれば、見上げる高さに鈴生りで、しかも生ったままザクリと裂けながら熟す姿に、柘榴の潔い覚悟というか、生物的戦略を見たような気がしました。

「割愛」や「戦国女性」など、自分の歌からより世界が広がるようで、改めて短歌の素晴らしさを知りました。
本当にありがとうございました。
Posted by 高橋有希子 at 2017年11月28日 22:38
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