この記事へのコメント
「運慶」は、現在、東京・上野で開かれている運慶展なのだろうと読みましたが、「運慶の前に」という言い方は無理があるように思います。運慶展の一隅に佇んでいる青年、というような言い方にしてはどうでしょうか。「静寂の空」は、展示されている諸像を美術品としてのみ見ているのではなく、そこに何らかの宗教性が生じたということであろうと読み、共感しました。「生るる」は「あるる」で、生まれることへのリスペクトのニュアンスがあり、適切な語だと思います。「ひとみ」という語がやや甘いでしょうか。
Posted by 斎藤 寛 at 2017年11月12日 07:16
「運慶の前に」については、斎藤さんと同意見です。長くなるので難しいかもしれませんが、具体的な仏像名の方がよいのでは。
「空」という語が、仏像に対峙しているこの場面にふさわしいですね。私には宗教的なものよりも、仏像を通して数百年の時空を超越しているかのような不思議な感覚が読み取れます。
Posted by 亀尾美香 at 2017年11月17日 22:25
 初読、「運慶の前に」は、私は違和感ありませんでしたが、無理があるといえばそうでしょうね。
「青年のひとみに生るる」。これが、ウソくさい(笑)。初句で固有名詞を出していることもあり、リアリティに徹して詠んだほうがこの歌は、よかったかと思いました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2017年11月17日 23:18
「具体的な仏像名の方がよいのでは」と亀尾美香さんが言われている件、僕もちらっと考えてみたのでした。例えば「運慶の前に…」に代えて「無著菩薩の前に…」とすれば(初句七音になりますが)わかりやすくはなります。ただ、そうすると青年は運慶展ではなく興福寺の北円堂に佇んでいることになって、ありきたりの歌になってしまうように思います。やはりこの歌の背後には、仏教彫刻をただ美術品としてのみみなしてそれを美術館とか博物館に展示するという行為自体への批評があるのだろうと僕は読みましたので、青年が運慶展の会場で佇んでいるという前提は崩さない方がいいと思います。

「ひとみ」がやや甘いだろうか、と上記の斎藤のコメントで書きましたが、もっときつく言えば桑原さんが言われているように「ウソくさい」ということになりますね。少女漫画のひとコマのようなイメージが浮かんでしまいます。「ひとみ」ないしは「ひとみに生るる」のくだり、もっと良い語がありそうに思います。
Posted by 斎藤 寛 at 2017年11月18日 13:29
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