この記事へのコメント
4句までの長い比喩・・・明かるくきらきら輝いていて見た人が元気に明るくなれるような水滴なのだろうとほのぼのとした気持ちになりました。
しかしこの水滴はどんなものが全然わかりません。
庭の葉に垂れている大きな水滴でしょうか?、窓ガラスについいた朝日に輝く水滴でしょうか?
読み手によってなんとでも想像できるのですが、具体的な水滴が浮かばないのが残念です。
それと「わらひたる子のゑがほ」「わらひたる」は省略できると思います。
余った5字でどんな水滴か言葉を入れてほしい。
Posted by 海野 雪 at 2017年11月09日 15:44
前投稿の下記の文章に「の」が抜けていましたので訂正しました。

それと「わらひたる子のゑがほ」の「わらひたる」は省略できると思います
Posted by 海野 雪 at 2017年11月09日 19:12
「わらひたる子のゑがほをアルバムに見つけた」ときってどんな感じになるのか、そんな感じの「今朝の水滴」ってどんな水滴なのか、と、二段階にわたって考えさせられるようなもどかしさを感じました。海野さんのご指摘のように「わらひたる」は省略できるのかな、とも思いました。
比喩はもう少し短い方が効果的な気がします。
Posted by 加藤隆枝 at 2017年11月11日 10:48
きらきらとした「今朝の水滴」を見て、「わらひたる子等のゑがほをアルバムに見つけ」た時の感情が浮かんできたのでしょう。全く別々の対象が心の動きを重なり合わせ、一つの同じ感情に結びついた様子がわかりやすく表現されていると思いました。
Posted by 鶴羽一仁 at 2017年11月11日 20:38
「わらひたる子等のゑがほをアルバムに見つける」。成長した子を持つ親が、昔をなつかしむ様ととらえた。しかし、それが比喩となるとどう受け止めたらいいか。しかも受けているのが「今朝の水滴」となると、いささか捉えづらい。いまは霜がおりはじめる季節。この季感とあわせて読むのかもしれない。
いずれにしても、四句までがすべて結句にかかる構造は頭でっかちとなる。作者は狙ってやったのだと思うが、もう少し構造を検討してもいいのではないかと思った。
Posted by 村田馨 at 2017年11月12日 02:15
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