この記事へのコメント
ちょっと掴みどころのない歌ですが、不思議な魅力のある一首です。【手あか0%の「白さ」】というのは、純真無垢な君、ということでしょうか。【新世界】は、今(実際に存在する)新世界にいて、君の瞳を捉えているのか? それとも、君の「白さ」そのものが自分にとって新しい世界なのか? ちょっと掴みきれないですが、この掴みきれなさがこの歌の魅力でもありますね。だけどやっぱり、もうちょっと掴みたい、もうちょっとわかりたい、です。
Posted by 鑓水青子 at 2018年02月13日 11:44
「新世界」の捉え方で当然内容は若干変わるでしょう。作者はきっと新世界に「君の瞳」を同価値・同等に対峙させているのでしょうか。下句は鑓水さん言われるとおり「純真無垢」の比喩。「新世界」というネーミングは社会底辺型の私などは、アメリカ大陸やパチンコ屋などを思いがちですが、ここは恋愛劇の舞台、君と私はスキー場のゲレンデにいて「新雪の光景」を眺める君の瞳を、また私は見ているくらいに捉えるべきでなのではないしょうか。「捉えてる」は光景に見惚れているととれば、新世界と君の瞳の位置をひとしくできて、閾外れて、鑓水さんの「純真無垢な君」という解も活きてくるのではないかと思います。「新世界」を初句に置いた作者の慕情は、下句でいっきに展開するわけですが、手あか0%の白さなどという表現、とくに「手あか」などは生活実感的だし、「0%」というのもちょっと真似できない即物的な凄味をおぼえます。
Posted by かわすみさとる at 2018年02月22日 14:12
【手あか0%の「白さ」】=【新世界】の白さであると読みました。白いのですから雪の景だと捉えるかわすみさんの読みは順当だと思いますが、とくにそう限定しなくとも、言葉通りに「新しい世界」、すなわち生まれたての世界と捉えるとよりスケールの大きな歌にとれると思います。
Posted by 冨樫由美子 at 2018年03月01日 16:40
冨樫さんのおっしゃるように「新世界」を「新しい世界」と捉えるともっと大きな歌にとれますね。
私はもっと卑近ですが、真新しい本やノート、教室や職場を思いました。まだ手がつけられていないものや場所が「君」を見つめている。さあ新しい門出だよ。どうか幸あれ、と言っているように思えました。
Posted by 本間美保 at 2018年03月01日 16:54
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