この記事へのコメント
空手の流派のことでしょうか?
創始者が亡くなると
創始者の肉親と弟子達が争い分派することは多々ありますね
この作品は上句は面白いと思いましたが
下句が上句の説明になっているのが残念に思います
イメージを広げるか自分の身近なものに引き付けるかすると
もっと魅力的な作品になったと思います
Posted by 竹田正史 at 2018年02月21日 21:20
「新陰流」の創設者は、私の住む群馬県前橋市内の桂萱・上泉出身の兵法家、上泉伊勢守信綱です。上泉氏は、遠く西行法師の祖先としても知られる俵藤太すなわち藤原秀郷の末裔で、赤城山南面に土着した「むかで衆」の一族です。箕輪の長野業政に仕え、武田信玄に長野氏が滅ぼされてからは武田氏に仕えることを厭い、弟子とともに全国を行脚し、柳生宗厳(石舟斎)などに新陰流の免許をあたえました。また徳川家康に家康相手に無刀取りの技を見せたともいいます。私は行ったことはありませんが、前橋市では「剣聖・上泉伊勢守」の祭事もあります。
(少し長くなりましたが郷土のことなのでご紹介しました。)
さて、この歌の眼目は下句にあって、いわゆる集団・組織における「セクショナリズム」を皮肉っているのだと思います。上句は下句の例証、いわば説明として掲げられているとも考えられます。作者は武術に関心がある方か、新陰流に心影流、神陰流、真陰流とセクトがあることをついぞ知りませんでした。下句の「枝分かれする流派も人も」などは、とても考えさせられますね。枝分かれしても交流のある社会であればいいと思いますが、悪いことに世の中のセクショナリズムはほぼ「縦割り社会」です。
Posted by かわすみさとる at 2018年02月22日 13:46
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