この記事へのコメント
君にエールを送っているのでしょう。
「また」で、われが顔を出します。ここは巧いと思います。しかし、君とわれが口ずさむ「新しい歌」は、同じ歌ではないでしょう。そうなると、「また」の言葉の選びが適切なのか、ちょいと気になりました。
あるいは、「新しい歌」は、未来への希望とか、そういうものの喩なんだ、と言いたいのであれば、喩としては平凡かな、という感じがしました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2018年02月10日 12:23
桑原さんの言うとおり、人生の比喩であれば、「重き荷」と「新しい歌」は見たことのあるフレーズに感じました。「新しい歌」が口語であることの意味も考えてみましたが、そのときそのときの流行の新曲ともとりづらく読みきれませんでした。
Posted by 太田青磁 at 2018年02月22日 17:24
君は現実の人ではなく物語の登場人物かなと思いました。
新しい歌を口ずさむのも、物語の外で起きていることを空想して詠まれたもののように受け取りました。
すでにご指摘のあるとおり「重き荷」であれば「新しき歌」がしっくりくるかもしれません。
Posted by 大澤朋子 at 2018年02月25日 12:27
作者の蒼です。
評をくださいました桑原さん、太田さん、大澤さん、
丁寧にお読みくださいましてありがとうございます。
この歌は私の作歌動機を詠みました。
もう会えない友達におくる途切れないエールを。
いつもいつでも私はここにいて、いまを生きてるよ。
あなたを応援しているよ。新しい歌を作ってるよ。
あなたはあなたのいまを頑張って生き抜いてね。
…そういう気持ちで、遠くにいる仲間に向かって短歌を作っています。
新しい歌、と口語にしたのは、そこが「いま」の最先端であり、特別な場所であることを強調したかったからですが、あまりうまく伝わりませんでした。
新しき歌の方が確かに正しい表記ですよね。
それにやはり抽象的ですし、独りよがりで主観的な歌で反省しています。
もっと伝わる歌を作りたいです。
毎回とても勉強になります。
ありがとうございました。
またよろしくお願いいたします。

Posted by 蒼あざみ at 2018年02月28日 02:09
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