この記事へのコメント
単純な誤植で修正されるかと思っていましたが、「覚める」→「冷める」ではないでしょうか?
(「覚める」だと「目覚める」の意?)
湯たんぽのお湯は朝になっても「ぬるま湯」という、冬の情景が詠まれています。
Posted by 亀尾美香 at 2018年02月09日 21:52
私も当初は「冷める」の誤植ではないかと思いましたが、今は「目覚める」の意味で「覚める」を使われているのだと思います。
であれば一案ですが、音数は増えますが「目覚めてもなお」として「も」を加えることにより、意味も語調も整えては如何でしょうか。(むしろ 「新しい」がなくても… 余談でした。)
子供のころの湯たんぽは、単に暖まるだけでなく親の愛情も感じられるものでしたね。
Posted by 肥塚しゅう at 2018年02月10日 09:44
子どもの頃、一緒の部屋で寝ていた祖母の使っていた湯たんぽのことを思い出しました。翌朝目覚めると、湯たんぽの湯で顔を洗わせてもらいました。瞬間湯沸かし器などなかった時代、もはやお湯とは呼べないのだけれども、冬の朝の身を切るような水道水に比べればはるかに温かく、ありがたかったです。
そんな経験があったので、「覚める」は一読したときから普通に「目覚める」の意味で読んでいました。が、誤解を避けるとすれば、肥塚さんの一案もいいのかな、と思いました。ただし、翌朝顔を洗って新しい一日をスタートさせていたことを思うと、「新しい朝」の「新しい」も省かないでほしいと思いました。
それにしても、「なお水でなく」にはとても実感がこもっており、共感できました。
Posted by 加藤隆枝 at 2018年02月12日 16:50
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