この記事へのコメント
人よりも墓石は多く見てきた。主として近世の墓だが表面が剥離してのっぺらぼうに近いのもあった。あれが砂岩なのだろう。ウィキペディアで「墓石」を見ると「砂岩は加工しやすくかつ耐久性が有り、他の石材と比較して経年劣化しにくい。砂岩の剥離は水分が砂岩の層に入り込み凍って膨張することで発生する」とある。必ずしも安物ではなかったのである。「はるさめ」にもやられたのだろう。土に帰っていくのは、墓碑と墓碑に手を合わせた人たちの記憶ほか、ひっくるめての話だから、やはり淋しい。ちなみに熊谷直好(1782〜1862)の墓は透明の箱で保護されていた。
Posted by 吉岡生夫 at 2018年05月09日 11:54
最後まで迷って採れなかった歌です。
上句で、墓碑が(土に)「かへりゆく」としながら、下句で再び「土より生まれ土となるまで」としたことで、土から生まれて土に返る流れが2回あるように読めました。
リズムは良いのですが、短い歌に山がふたつあるようで、何だか収まりが悪く感じました。
Posted by 亀尾美香 at 2018年05月13日 20:19
雨水を含み風にさらされた砂岩の墓碑が、崩れて土に帰るまでの時間を思いました。そして下の句から、「かへりゆく」のは墓碑だけでなく、墓碑の下に眠る遺骸や遺骨もまた土に帰るのだと思いました。
この一首の内包する、遙かな時間の流れに魅せられました。
Posted by 加藤隆枝 at 2018年05月17日 18:33
この作品の、砂岩と土の関係がよくわからない。
砂岩が土になるのはわからくはないが、砂岩は土から生まれるのだろうか。あれは火山から生まれるんじゃないかと思うのだけど。
墓碑から死者をイメージすることは容易だけど、死体は土にかえるとは言うが、土から生まれるとは言わないなあ、と、いう感じで、私には鑑賞しきれない歌でした。
Posted by 桑原憂太郎 at 2018年05月18日 21:51
 この歌は砂岩に対するイメージによって、詠みと読みにおいて、文意の取りようが変わるのでしょう。すなわち、脆い砂岩をイメージする者は、作者を含めて土に還りゆく永久の時の流れに想いを致すだろうし、反対に、決して脆くはない経年劣化しにくいというイメージを砂岩に抱く者は、劣化の時の流れがはるかに遠過ぎて想いを土に還るまで致せない、でしょう。
 ただ先行のコメントに教えられるところもあって楽しかった。指摘された熊谷直好の墓で、ウィキペディアで見ると、アクリルの箱で保護されている。その写真を見たときは、正直言ってビックリ!。はたして砂岩とアクリルではどちらかが経年劣化しにくいのかと、ほんと考えさせられました。因みに、我が群馬の、国定忠治の墓は天辺から台座まで金網で保護されていました。これは彼が任侠だけでなく博打の神様として崇められ、墓石ないし台座まで、その欠いた一部が多く持ち去られ、無残な姿になったので、さらなる被害を防ぐためになされた処置でした。その欠いた一部の小石はその筋の人におおいにもてはやされたのだそうです。
 あと、砂岩は火成岩でなく水成岩でしたよね。
Posted by かわすみさとる at 2018年05月19日 08:40
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