この記事へのコメント
羽があるときは飛んださ嗚呼いまは肩甲骨がひどくおもくて

今回は選びたい歌がたくさんあって悩みました。

この歌を選んだ理由は、単純に、老いに向かう私の心情にぴったりだったからです。
作者が年老いていると想像したわけではありませんが。

上の句は若くて溌剌とした時期。何にでも関心を持ち、行動力も溢れていた若い自分を省みて懐かしんでいる気持ち。ちょっぴりその豪胆な行動への反省もこめて。
下の句は現状。飛ぶにも羽がなくなり、肩甲骨周りがバンバンに固まって動かそうとしてもなかなか動かない。行動を起こそうとしてもその活力がなくなっている。
あの、何をするにも活動的にやれた頃を思うと、現状の情けなさが身にしみてくるのです。

と勝手に解釈しました。

喩の使い方が、分かりやすくて共感出来るところがいいなと思いました。
Posted by 鎌田章子 at 2018年05月15日 08:18
私自身のこともふまえて、強がってもこういうことだと共感して選びました。
ただこの歌は、決して情けないという思いではなくて、全体として明るい雰囲気を感じるのです。それは、二句目の「飛んださ」という話言葉にあると思います。
私には、この作中主体はもう若いときのような力は失くなってしまったことを嘆いているというよりも、たまたま今が飛べないだけで、またいつか「飛べるさ」という意欲も感じられる歌だと思います。
老いに向かう歌だとしても、このように明るくユーモアあふれる歌がつくれたら、前向きになれると感じる歌で、たいへん勉強になりました。
Posted by 肥塚しゅう at 2018年05月19日 14:59
 羽をもがれた堕天使の嘆きを表現したのかと初めおもいましたが、作者は人であるし、羽が生えていた筈がない。天使の絵を見ると、羽は解剖学的には背の肩甲骨のあたりから生えているようだ。
 いま作中主体は羽がないから嗚呼!飛べないと、肩甲骨全体すなわち肩が重い!と嘆いている。
 羽は何かの譬喩であろうが、私にはストンと落ちるものがない。嗚呼!それが自由というような精神的なものか、金というような物欲的なものか、想像を膨らませ、ああでもこうでもないと、先行のコメントを拝見すると、どうやら「若さ」のことのようで、それならと多少、老いの身の私にも合点がいきました。
Posted by かわすみさとる at 2018年05月23日 11:30
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