この記事へのコメント
単純に、身体的にうつむいていて窓の外の若葉に気が付かなかった、というよりも、心理的に鬱屈していて世界の美しさを感受することができなかった、それが、何らかのきっかけで心が解放された、ということの隠喩になっている歌かなと思いました。

調べが自然で、ひらがなの多用によって視覚的にも読者に負荷を与えない効果があって魅力的です。
Posted by 冨樫由美子 at 2018年05月13日 10:20
うつむいていたのだ私きがつけば窓の向こうに若葉あふれて

この歌のすぐれて良いところは時の経過を言わずして時の経過を詠ったところです。
作者はどれくらい「うつむいていた」のでしょう。
「若葉あふれて」とありますから、かなり前の冬木に冬木の芽のあったころでしょうか。
それが芽吹いて、今は夏の若葉になっている。
長く内向していた私が外へ目を向け始める。

Posted by たかだ牛道 at 2018年05月14日 21:12
 一読、とても魅力のあるお歌と感じました。
 逆説的に言いますと、この作品をたとえば句跨りを避けて調べを整えたり、「若葉があふれる」は常套的だから表現を変えたり、というような工夫をしてしまうと、その魅力がかなり損なわれてしまう短歌だとも思います。
 柔らかい情景の中に、靭さの始まりが予告されているようです。「窓の向こうに」だけで空間的な広がりの予感も見えます。
Posted by 山中 もとひ at 2018年05月15日 11:26
「きがつけば」のかかりがおもしろいと思いました。窓の向こうのあふれる若葉に気づいたように詠んではいるが、自分がうつむいていたことに今、気がついたとも読めて、とても魅力的な一首だと思いました。
この、気がつくまでの時間を、私は最初、会議の間か誰かとの対話の間くらいの短い時間を思っていましたが、たかだ牛道さんのような、冬木に芽のあったころからの長い時間を思う読み方もとてもステキだと思いました。
Posted by 加藤隆枝 at 2018年05月21日 17:53
ネット歌会の詠草締め切りが迫るころ、仕事をひとつ終え何気なく顔を上げると、窓いっぱいに若葉が輝いていて「こんなに若葉があふれていたなんて・・・」と気付いた自分に驚きました。
諸事雑事に追われ、季節の推移をながめる余裕がなかった日々「あ〜そうかうつむいていたんだ私」と気付かされました。
その瞬間をそのまま詠んだあまりにも素直な詠草に8名の方が票を入れて下さるとはビックリです。
冨樫さん、たかださん、山中さん、加藤さんのコメントが拙作に陰影をつけてくださいました。
皆さんありがとうございました。
Posted by 庭野摩里 at 2018年05月30日 22:06
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