この記事へのコメント
結句から墓前の一首という設定で読みました。なぜ白いカーネーションを手向けないのか。「私」の中では「お母さん」が生きているからでしょう。だから、こうして話しかけている。「突っ張ってばかりの娘でごめんなさい」、いろいろな思いのこもった上句に惹かれます。また魅力です。5月13日、母の日の歌。
Posted by 吉岡生夫 at 2018年05月09日 10:06
うまくまとまっていると思います。
上句は、母の墓前でのモノローグと私も読みました。
謝っているのに、結句で、「手向けず」と強がるところで、また初句の「突っ張ってばかりの娘」に戻っていくわけで、そんな歌の構成が巧いなあと思いました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2018年05月13日 11:15
吉岡生夫さん、桑原憂太郎さん、評をありがとうございます。
藤原龍一郎さん、票をありがとうございます。

作者の本間美保です。

吉岡さんと桑原さんのおっしゃる通り、母の墓前での歌です。
今年も淡いパステルカラーのお花を供えてきました♪
そして未だに素直になれない私は三年経っても母の死を受け入れられないでいます(苦笑)。ですが恥ずかしいので吉岡さんのおっしゃるように母は私の中で生きている、ということにしておいて下さい。

桑原さん、お誉めのお言葉をありがとうございます。歌としてまとめようとは全く思わなかったので望外の喜びです。

この歌をご覧下さいました皆様、ありがとうございました。
Posted by 本間美保 at 2018年05月27日 23:05
「突っ張ってばかりの娘」でも、亡くなられた御母様は良いんだよと言ってくれているような、そんな想像をさせるお歌だと思いました。白いカーネーションを手向けることができるようになったら、次に亡き御母様を思いつつ作る歌に変化が出てくるのではないかと、未来に期待したくなりました。
Posted by 笹渕静香 at 2018年05月30日 18:28
笹渕さん、ずばっと鋭く且つ心温まるコメントをありがとうございます。来年は白いカーネーションを手向けられるよう、もう少し大人になりたいと思います。ありがとうございました。
Posted by 本間美保 at 2018年05月31日 14:45
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