この記事へのコメント
選歌しようか迷った一首です。
結句の夜とガーベラですが、揺れているのは月の光、夜、ガーベラということでしょうか。
夜が揺れるというところがピンときません。
何度か読んでいると詩的なイメージは伝ってきますが、やはり引っかかります。
Posted by 馬淵のり子 at 2018年05月11日 20:33
綺麗で穏やかな夜を連想させるお歌だと思いました。夜が揺れるというのは、夜の時間がゆったりと波打つように過ぎている、そんな感じでしょうか。
Posted by 笹渕静香 at 2018年05月13日 00:17
私は月の光も夜もガーベラも音楽と共に揺れているお歌だと読みました。
つらいことがあった日に何度も読み返したお歌でした。
私も共に揺られていたいです。
Posted by 本間美保 at 2018年05月13日 22:39
追伸:「夜が揺れる」というのはおそらく、その音楽が波紋のように夜の静寂に広がって、あたかも「夜」という時間と空間全体が音楽に共鳴して揺れているのかなと私は思いました。うまく言えなくてすみません。。。
Posted by 本間美保 at 2018年05月13日 22:48
笹渕さん、本間さんのコメントからぼんやりと「夜が揺れる」の雰囲気はわかりました。
今一度読むと、胸にストンと落ちる気がします。
ありがとうございました。
Posted by 馬淵のり子 at 2018年05月14日 10:36
 作者の思い描いている世界は空想の中の産物であろう。「音楽」と「月の光」と「揺れている」の語彙からだけでも、月がさして水面が揺れる、浪漫的な池のある西欧式庭園の夜景などを描きうるだろう。純粋に詩的な世界である。それはそれで結構であるが、私が空想の産物とおもうのは、ガーベラのせいである。この描画対象は場面では開花した花でなければならないとおもう。つまり閉じた花ではまずいだろうとおもうが、現実は眠っている。そこに不審を感じ、リアリティを覚えないからであるが、それはそれで良いのかもしれない。閉じた花でも絵にはなるかもしれないと、いろいろ考えさせられる歌でした。
Posted by かわすみさとる at 2018年05月23日 10:23
 主に下句について議論されていますが、どんどん読みが深まって、素敵だなあと思います。

 「音楽」と「月の光」からドビュッシーを導くように読むのかとも思いましたが、やはり、この歌は「月の光」と「夜」と「ガーベラ」を詠んだ歌なのでしょう。
 けれど、そうなると、「月の光」と「夜」がつきすぎちゃうので、詩情としては弱い。二句目の「優しく」も、短詩の語句の選択としてはイージーと思いました。
 私としては単純に「夜のガーベラ」あるいは「月の光とガーベラ」でおさめるカタチで構成したほうが、ガーベラの音の強さと体言止めで、かなり印象的な作品になるのでは、と思いました。
Posted by 桑原憂太郎 at 2018年05月23日 19:32
美しい歌ですね。「月の光」で「夜」であることが分かるのに、どうして入れたのかなと不思議だったのですが、「月の光」はあくまでドビュッシーの曲で、それであえて「夜」も入れたのでしょうか。
ガーベラは茎が太くて、「揺れる」というイメージはないのですが、「ラ」の音が音楽性があっていいなと思いました。
Posted by 五十嵐真希 at 2018年05月24日 23:24
今回はたくさんのコメントを頂きました。馬淵さん、笹渕さん、本間さん、かわすみさん、桑原さん、五十嵐さん、ありがとうございます。

この歌は実は野外のステージで踊っていた友人のフラダンスを思い出して詠んだ歌です。ただ、踊る姿の美しさをそのまま詠むのではいかにも凡庸と思い、想像を飛躍させました。

ご指摘にもありましたように「夜が揺れる」をどう捉えるか、ガーベラは開いているのか、「夜」という語と「月の光」が意味を重複させてしまうのではないかという事に関しては、確かに想像と写実で開きがあり、その開きが歌意を伝える障壁になってしまったなぁと思い反省です。
Posted by 高良俊礼 at 2018年05月28日 23:43
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