この記事へのコメント
機械時計ではなく日時計という所に惹かれました。・・・ということは太陽の動きが秒針となり、実はそれが自分の胸のドキドキと言うことなのでしょうか。自分の胸の鼓動が、太陽の鼓動のようなエネルギーを感じました。
Posted by 笹渕静香 at 2018年05月13日 00:06
3句目以下は詩情があって素敵でした。
果たして、初句、日時計がどこまで効いているのか。と思いいたって、ああ、そうか、日時計はそもそも秒針がない、ということに気がつきました。
ですので、初句二句については、喩として鑑賞するという歌なのでしょう。
Posted by 桑原憂太郎 at 2018年05月13日 11:18
「日時計の秒針の音?」と歌中主体に問いかける「あなた」。日時計の秒針は人には聞き取れないくらい微かなものだと思います。
でも、そういうものに喩えてしまう「あなた」は自身の胸の高鳴りを受け止めようとしつつも受け止めきれず、揺れ動いているように私は感じました。
(読み違っていたら教えてください。)
Posted by 本間美保 at 2018年05月14日 01:15
遅ればせながらすみません。桑原さんの書き込みを拝見して、日時計には秒針がないことに気がつきました。
ひとつ前の書き込み、最初の二行はなかったことにしてください。
申し訳ありません。
Posted by 本間美保 at 2018年05月14日 01:17
日時計には秒針がなくて、音もしないのに、日時計の秒針の音? と聞かれて、それはあなたの胸の高鳴りの音と教えてあげる歌ですね。

日時計は、晴れた日の昼間にしか使えないので、その時間帯の出来事でしょう。

秒針だと、1分間に60回しか音がしないですが、実際にはない日時計の秒針の音と勘違いしてしまった胸の高鳴りは、どのくらいの早さだったのでしょうか。

とても魅力的な歌だと思いました。
Posted by 古賀たかえ at 2018年05月17日 18:03
問いかける人と答える人の二人が登場するように読んでいらっしゃる方の方が多いのかなと思いつつ、私はなんとなく、自問自答の一首のように読んでいました。
自らのドキドキにハッとし、それを意識し、自分の胸の高鳴りなのだと気づいて確信していくような感じが、3句目以降によく表現されているような気がしました。
Posted by 加藤隆枝 at 2018年05月23日 22:25
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