この記事へのコメント
 この「サマータイム」は昨今話題になっている制度として、いわゆる社会詠として読むならば、三句目の笛は「笛吹けど踊らず」の笛として、政府が笛を吹いているけど、ね、と皮肉を効かせている、と読むのでしょう。
 一方、「サマータイム」をガーシュイン「ポーギーとベス」の挿入歌として読んで、この笛というのは、まあ口笛のイメージなのでしょうか。どちらに読んでもいい作りになっていると思います。私は後者の読みの方が、好きですが。
 初句の入りは、さりげないんだけど、これが実にうまい。

 と、上句は楽しく鑑賞したのですが、私は、下句が読めませんでした。どなたか、いい読みのできる方に評をお願いしたく思います。
Posted by 桑原憂太郎 at 2018年08月19日 12:09
「笛の風」に無理があるのではないかと思いました。
「吹く笛の/音色に宿りし/風は何色」と入れ替えればすっきりします。
ただし、作者の意図がそうであるかどうかはわかりません。
これでは、わかりやすいけど、平坦かもしれないですし。
Posted by 山中 もとひ at 2018年08月24日 10:04
3句「吹く笛の」の「の」がいかにも短歌的な「の」で、初句〜3句が「風」を呼び出す序詞として働いているようにも感じられますが、歌の作りとしては序詞ではないのでしょう。「風」は呼気のことだろうと読みましたが、それを「風」と言うのはちょっと無理があるように思いました。「宿りし色は何色」はかわいらしく綺麗に収めてみました、というフレーズなのでしょうが、もっと良い収め方があり得るのではないかと思います。

気になる、というか判断がつきかねるのは、一首全体の含意です。桑原さんが書かれている通り、今この歌を読むと、どうしても制度としての「サマータイム」を(森さんの思いつきで?)言ってみましたが、笛吹けど踊らず、「日経」紙まで健康被害を懸念、とかどうしてもそちらを思ってしまいます。それを歌の方の「サマータイム」にひっかけて言ってみたということなのか、とも思いますが、そうだとしたらなんだかつまらないなあ、という気がします。僕も桑原さんと同じく、純粋に歌の「サマータイム」で読みたいのですが、この時期にこう言われると、どうしても純粋さが失せますね。
Posted by 斎藤 寛 at 2018年08月26日 07:13
「サマータイム」JAZZに誘われ頂きました。でも以下下の句を読んで行くと解釈が変わりました。以下の通りです。
戯れに「サマータイム」を導入しようとしたが、今じゃ日商も慎重となり、海外では廃止傾向、従って「吹く笛の風に宿りし色は何色?」はい!灰色です。「何色」を「灰色」にしたら如何でしょうか。
Posted by 宇田川庄五 at 2018年08月30日 22:42
作者の高良です、桑原さん山中さん斎藤さん宇田川さん、コメントを頂きありがとうございます。

「サマータイム」は大好きな曲で、サックスでもフルートでも吹いております。横笛という楽器は「風を意識して、自然に息を入れること」というのが身上ですが、ご指摘のように上手く伝えきれなかったのは反省点です。

制度としてのサマータイムでは?とのご意見もありましたね、残念ながらそっちは全く考えておりませんでしたがなるほどと思いました。もう少しユーモアを効かせた表現なら、社会詠としてもおもしろくなったかも知れません。
Posted by 高良俊礼 at 2018年09月13日 19:18
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