この記事へのコメント
散文的に流れて、最後が強引な省略ですが、面白いと思います。
連作でこんな歌ばかりだと困りますが、一首独立でスコンと提出するのはオーライと思います。
Posted by 桑原憂太郎 at 2018年11月10日 19:55
自分に親しい「爺ちゃん」はあくまで「爺ちゃん」であって短歌でよく使う「祖父(おおちち)」なんかでは無いという歌意で、桑原さんの言われているように最後かなり強引な省略ですが言いたいことは伝わる歌と思いました。
Posted by 永井秀幸 at 2018年11月14日 16:32
 桑原さん、永井さんともにあげた強引な省略のことは措いて、一首の歌意(文意)がよく判りませんでした。 
 「爺ちゃんは爺ちゃんであってそれ以外の何ものでもない」までは判りますが、「まして祖父(おおちち)」とつづくと上の句との関連が分からなくなりました。
 文意が通らないと思うのですが、いかがでしょう。つまらぬことかもしれませんが、言い方こそ違え、爺ちゃんは祖父(おおちち)、祖父(おおちち)は爺ちゃんに変わりがないのではないか、とおもうのです。
Posted by かわすみ さとる at 2018年11月24日 23:56
 いま「近代の歌語『おほちち』と『おほはは』の来歴を問う」を書いていますので、これを読んで頂ければ有り難いです。
 結論から言えば天皇の治世すなわち明治・大正・昭和(戦前)の御代を背景とする歌語を、国民主権・象徴天皇の現代において使用する意味とは何か。それを歌人に尋ねたいのです。
 「おほちち」「おほはは」、最初に詠われるのは「おほはは」、斎藤茂吉の『あらたま』の「祖母」の連作です。その直前に二首あります。

 みちのくのわぎへの里にうからやから新米(にひごめ)たきて尊(たふと)みて食(は)む   奉祝歌二首
 いやしかるみ民(たみ)の我も髯そりてけふの生日(いくひ)をあふがざらめや
  八月ー十一月作

 一首目は大正天皇の誕生日、大正四年八月三十一日の歌です。二首目が十一月の作、「み民」(御民)は天皇のものである人民、「生日(いくひ)」は吉日、大正四年十一月十日の御大典(即位式)をいっています。茂吉の祖母は御大典に際し、長寿者として天盃を下賜されています。結城哀草果は「よろこびながら大往生をした」と書いています。こうなると「おほば」は「おほば」であって「おほば」ではない。その死を荘厳するのが擬古典語の「おほはは」であったと思われます。

 遠どよむ万歳のこゑここにみる提灯の灯はかぎりを知らず  小田観螢『隠り沼』
 国つ民我はも酔はむ大御世の今日の御典(のり)にあへらく嬉しみ    斎藤劉『曠野』

 前者は「いはひ日」五首の一首、別の歌に初二句「あきつ神生(あ)れましし日」とあるので八月三十一日だと分かります、場所は北海道です。後者は「御大典」四首の一首、四首が四首、この調子で、昂揚した一連です。

 八木重吉が入院したサナトリウムの開設者、高田畊安が昭和十三年に著した『平和主神武天皇』の「附録」に「あめのおほちち」という六連の詩があります。その最後を引用すると、こうです(表記は読みやすく漢字、濁点を施しています)。

 まごころいのり たてまつる
 神武とイエスの いやさかを
 すべてをとはに 統治(しろし)めす
 天(あめ)のおほちち 主(ぬし)の神

 昭和二十一年一月一日、大日本帝国憲法下において天皇人間宣言、二十一年十一月三日日本国憲法公布、翌二十二年五月三日に施行、その新憲法下においても「おほちち」「おほはは」が生きている、それが私には大きな違和感なのです。
Posted by 吉岡生夫 at 2018年11月28日 06:55
 作者のコメントで文意がよく解りました。有難うございました。
 また八木重吉の名があったのも、個人的には嬉しいことでした。八木重吉が入院したナンコインのある茅ヶ崎に今年六月に行く機会があって、八木重吉やら南湖院やら吉野秀雄などを再度偲びました。
 さて高田畊安はその創設者、医師でありクリスチャンでしたね。当時の彼は、万事統制下の政治と宗教の問題(圧力)で苦悩したように思います。
 要は神の問題でしょうか。彼の内心は、統治(しろしめす)は政治(神武)であっても、神はイエスの神であって天皇ではなかったというところにあった思います。
 したがって、コメントの後半にあげられた「あめのおほちち」という六連の詩は、とくに「すべてをとはに 統治(しろし)めす、天(あめ)のおほちち 主(ぬし)の神」の部分などは十分に朧化表現になっているのではないでしょうか。いちがいに茂吉や斎藤劉とは列べられないとおもいますが、いかがでしょうか。
Posted by かわすみ さとる at 2018年11月28日 12:01
 国立国会図書館で「おほちち」を検索すると『平和主神武天皇』(国立国会図書館デジタルコレクション)が出てきます。ヤフーで「平和主神武天皇」を検索すると再販が出ますが、こちらには「あめのおほちち」は載っていません。

 苦悩、そのとおりかも知れません。

 32頁。
「正義の権威と定められたはまひしは神武天皇及其皇室でありまして、仁愛の権威と定められたまひしはイエス、キリスト及基徳者であります。正義と仁愛は同に主神の御意でありますから、神武天皇とイエス、キリストは極めて親密に相協力したまふのであります。」
 38頁。
「神武天皇及イエス、キリストは共に救世主にして世界の統一を期したまひます事は次の御言に由りて明かであります。」

 私が注目したのは実の祖父を表す「おほちち(祖父)」が神国思想としての「おほちち(祖)」に変質している点です。
Posted by 吉岡生夫 at 2018年11月28日 16:17
 吉岡生夫様、ご教授ありがとうございました。おかげさまで高田畊安の『平和主神武天皇』を読むことが出来ました。
 昭和13年に書かれた此書を読むかぎり、八木重吉はその10年前、昭和2年に亡くなっていて本当に良かったな、と思います。晩年の重吉の詩に、より暗さをおぼえるのも、南湖院の空気を吸ってしまった所為も、幾分あるかな、と本気で考えたりもしました。
 重吉の詩は、八紘一宇からは程遠いですから…。朧化表現は撤回します。此書を読むかぎり、高田畊安に苦悩はなかったといえます。
Posted by かわすみ さとる at 2018年11月28日 20:46
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